第13話
イサークの苦悶に満ちた顔を見て、臣下はおずおずと発言する。
「断ればやはりサビアは……」
臣下が懸念する事をイサークは察し、頷いた。
「我が国に侵攻してくるだろう。そして、シュトルヴァ領を攻め、エゲリアへと狙いを定めるはずだ」
「サーラ様をシュトルツ族に嫁がせたように、姫君をハルハーンへ嫁がせ、親戚関係を持つのはいかがでしょうか?」
ある臣下の言葉に別の者が反論する。
「ハルハーンは親戚関係があるからと言って、攻めてこないような甘い男ではないぞ」
「そもそもサビアのような大国からすれば、我がスフェールはずっと小さい国だ。軍事も得意ではないから攻め入るのは簡単なのに、何故ここまで回りくどいやり方を?」
今度はイサークが答える。
「サビアはシュトルツ族をも配下に置きたがっている。そんなサビアでも、あの"科学の国"と称されるほど技術の進歩が著しいエゲリアとの戦いまでに消耗したくないのだろう」
優秀なエゲリアの科学者達が考え出した兵器は、一台で何千人も吹き飛ばす事が出来るという。いくら大国サビアと言えど万全な状態で戦に挑まねば、あっという間にエゲリアに飲み込まれてしまうだろう。
「……考えは決まったぞ」
決意をあらわにしたイサークに、臣下達は固唾を飲む。
「スフェールは同盟を組まない。そしてサビア兵が我が国を通り過ぎようとしても、何も言わぬ。そう伝えておけ」
「ですが、エゲリアからは反感を買うのではないですか? 宝玉の輸入規制をかけるかもしれません」
1人の若い男の発言に、臣下だけでなくイサークまで彼に注目する。王の視線を一身に受け止めても青年の表情は変わらなかった。
「エゲリアにとって我が国の宝玉は貴重な資源だ。奴等の研究に必ず用いられている。輸入量を少し減らしたり、審査を厳しくしたりするだろうが、スフェールにとっては痛手にはならぬ。お前は確か……」
「ラシャドと申します」
「補佐官見習いの小僧じゃないか! 身分をわきまえろ!」
臣下の1人がラシャドに怒鳴る。王に軽々しく意見を申すな、と他の臣下も怒鳴り始めた。
ラシャドは彼らの罵詈雑言に対して興味を示すことなく、真っ直ぐに王を見つめた。
「以上だ、みなご苦労であった」
イサークは彼らを諌めることなく、淡々と告げる。
ラシャドは急いで部屋を出て、王宮の離れにある寮へと向かった。王宮で働く者には寮が与えられる。ラシャドもその1人だ。
慌てて帰宅したラシャドは、散らかった部屋からまっさらな紙を見つけ出す。ペンを持ち、真っ白な紙に文字を書き連ねる。
ペン先は波打つように揺れ、黒いインクが浮かび上がらせた文字はかろうじて読めた。
窓を開け、指笛を吹く。すると、どこからともなく大きなワシミミズクが現れた。
「キアリ、お願いだ。ぼくの書いたこの手紙をサンスクリットに届けて欲しい」
キアリは大きく硝子のように透明な目をラシャドに向けると、大人しく足に手紙を付けるのを許してくれた。
「頼んだぞ、キアリ!」
ラシャドの声に反応するかのように、キアリは翼を広げ、大空へと飛び立った。
「スフェールはどうなるのかなぁ」
ラシャドがため息混じりに呟いた独り言は、虚しく部屋に響いた。
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