第9話

 アニーサの後をついて行くと広場に出た。ここでは、シュトルツ族がみな思い思いに過ごしている場所らしい。楽器を弾いて歌を歌ったり、日の光を浴びながらうたた寝をしたりしている。

 真ん中にそびえ立つようにして建てられた教会が見えてきた。サーラとブレイブの結婚式が行われた場所でもある。

 アニーサは教会の中に入ると、一番奥の扉を叩く。

「ここは賢者の間と呼ばれる部屋です。族長達は午前中ここで会議をしているので、いらっしゃるはずですが……」


 扉を叩いてから少し経って、中からブレイブが出てきた。

「何の用だ?」

「サンスクリット様が故国に1度お戻りになりたいようでして、その許可をいただきに参りました」

 アニーサの説明にリアンが食い付く。

「嫁ぎ先にまで連れてきた護衛でしょ? 何で帰る必要があるの?」

 ブレイブはアニーサ達の後ろを見た。教会には他の住民もやって来る。サーラは彼の視線に気付き、後ろを振り返った。教会にやって来た住民達が訝しげにこちらを見て、小声で何か話し合っている。

 他にも人がいる前で話すのはまずい。サーラは視線をブレイブにやると察したのか、中に入れと部屋に入れてくれた。


 賢者の間と呼ばれる部屋には、フクロウの木彫りが置かれていた。木彫りを囲むようにして円卓があり、等間隔に椅子が並べられている。

「それで理由は何だ」

 部屋に入るとすぐにブレイブが聞いてくる。サーラは正直に理由を伝えた。

「今更シュトルツ族を襲ったのは誰かなんて調べても、あんたの国がやった事には変わらないだろ! 証拠にあんたをこっちに送って来たんだからよ!」

 サーラの話に真っ向から噛みついてきたのはリアンだった。ブレイブは黙って考え込んでいる。

「やましいことが無かったらあんたの父親は、シュトルツ族を襲ったのはスフェール兵じゃないって言うはずだろ!」

 リアンの言うことも分かった。だが、どうしても裏側にも理由があるような気がするのだ。


「本当にスフェールが襲ってない場合でも、お父様ならわたしをここに送り込むでしょう」

「どういうことだよ?」

 訳が分からないというようにリアンは眉をひそめる。

「スフェールは襲っていないけど、本当の黒幕をお父様は知っている時です。つまり、真犯人を知っていてそれを知らせる気はないけど、シュトルツ族とも仲良くしたい。そういう時ならあのお父様はわたしを交渉の材料に使うでしょう。お父様ならきっとそうするはずです」

 と偉そうに言ってもお父様の思惑を知ったのはここに来てからでしたが、とサーラは続ける。

 リアンは腑に落ちたような、落ちていないような曖昧な表情を浮かべたままだった。

 今まで黙っていたブレイブが静かに口を開く。


「1つ聞いていいか? お姫さんがそこまでする必要はどこにある?」

 真っ直ぐに向けられた青い瞳。海を見ているような深い青色の瞳。

「……わたしとこの場所を守るため。おそらく、わたしの結婚には襲撃の事件以外にも裏がある。良くない事が起きる前に情報を集めて、もし危険が迫るなら先手を打ちたいの」

「この場所って……シュトルツ族はアンタを歓迎しちゃいねぇよ。アンタが一族に災厄を招くならアンタを追い出せばいい」

 リアンの鷹のような鋭い瞳がサーラを射るように向けられる。

 サーラはリアンの視線を受け止めるように、見返した。

「そうしたければそうすれば良いわ。わたしはここにいる限り、この場所を守る為に考えられる事はやるだけよ」

 ブレイブは興味深そうにサーラを見ていたが、やがて口を開いた。

「お姫さんの護衛をスフェールに調査の為に向かわせる事に賛成だ。情報収集には時間がかかるだろう。数ヶ月滞在出来るくらいの資金は用意できる」

「まじかよ!? 正気か、ブレイブ!」

 リアンがブレイブの肩を持ち揺さぶるが、ブレイブは鬱陶しそうに見やる。

「俺個人の資金から調達する。それで良いだろう?」

 ブレイブにきっぱりと言われ、リアンは「まぁ、一族の共有資金じゃないなら良いけどさ」と呟く。


「ただし、集めてきた情報は全て俺達にも共有しろ。必ず」

「分かったわ、本当にありがとう」

 サーラはブレイブに手を差し出す。ゆっくりと握り返されたブレイブの硬い手。白い髪から見える耳がまたせわしなく動いていた。

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