第2話
自室に戻ったサーラを待っていたのは、1人の男性だった。
「お帰りなさいませ、サーラ様」
そう言って彼は恭しく一礼する。
「ただいま、サンスクリット」
サーラよりも濃い紫色の髪を後ろで束ね、髪と同じ色の瞳を真っ直ぐにサーラへと向ける彼は、彼女が幼い頃からの近衛騎士であり、剣術の指南役でもあった。
早くに母を亡くし、一族から見放されて生きてきたサーラの数少ない味方でもある。
「顔色が優れないようですが、お父上に何を言われたのですか?」
近衛騎士なのだから一緒に話を聞けたら良いのに、というような顔をしながらサンスクリットは尋ねる。
「わたしに縁談が決まったらしいの」
サンスクリットは一瞬、嬉しそうに目を輝かせたが、主人の表情を見て悟ったのか、硬い声音で問う。
「お相手は?」
「シュトルツ族の長だそうよ」
「獣人族ですか……。一国の姫が嫁ぐようなお相手ではありませんが……彼等は仲間には優しいと聞きます。きっと快く迎えてくれますよ」
サーラを元気付けようとサンスクリットは笑顔を浮かべて、シュトルツ族の事やシュトルヴァ領について話す。
サーラは、サンスクリットの話を遮るようにして声を振り絞る。
「異民族へ嫁ぐのが嫌というわけではないの」
湧き出る悲しみを堪えようとするが、大粒の真珠がサーラの目から零れ落ちる。
「お父様がシュトルヴァ領にはわたしとサンスクリットの2人だけで行け、と」
その言葉にサンスクリットの目が大きく見開かれる。
一般的に姫君が嫁ぐ場合、侍女と近衛騎士を数十、そして嫁入り道具と嫁ぎ先への贈り物を運ぶための馬車を何両か用意される。
イサークはサーラの輿入れに何も用意するつもりはないと意思表示をしたのだ。王家は勿論、貴族や大商人など高い地位にある父親は、娘の晴れ舞台をいかに豪華にして送り出してやれるかが重要とされる。財力をかければかけるほど、その父親の娘への愛情があるとされているのだ。
自身の末の娘でありながら、スフェール王国第5王女という肩書きを持つサーラの輿入れに何もしないという事は、嫁ぎ先であるシュトルツ族に対するスフェール王国としての体裁も、サーラへ父としての最後の仕事もどうでも良いと思えるほど、サーラと嫁ぎ先に興味がないのだろう。
たとえシュトルツ族の長が王族ではなく、少数民族の統率者であっても、数人の侍女と近衛騎士、少しの嫁入り道具はあっても良いはずだ。それなのに何もしないという。
その事がサーラにとっては辛かった。
幼少の頃から自分は姉と兄達と違い、父に愛されていないと知っていた。姉と兄達は、蔑ろにされるサーラを見て冷たく接するのは時間の問題だった。
自分は平気だと思っていても、こうも「愛されていない」ことを目の当たりにするのは辛い。
零れ落ちる涙の滴を見つめながら、もう2度と涙を流さないとサーラは思った。
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