サーラの結婚

十井 風

第1話

 繊細な意匠が壁面に施された宮殿の廊下を1人の少女が歩いていた。

 波打つ豊かな薄い紫色の髪は、窓から差し込む陽光を反射させて光り輝いている。ひそひそと自分を見ながら話す使用人達を一瞥した濃い紫色の瞳。

 目鼻立ちがくっきりとしており、非常に端正な顔立ちをしている。スフェール人らしい、平面的な顔立ちではない事がより彼女を目立たせていた。


 長い廊下の先にある大きな両開きの扉の前に辿り着くと、控えていた騎士達が彼女に一礼をする。

「国王陛下、サーラ殿下がお越しです」

 騎士は扉の向こうの人物に声を掛ける。中から3回扉を軽く叩く音がすると、騎士はサーラにお入りくださいと道を開けた。

「お父様、サーラでございます」

 鈴を転がしたような可憐な声に呼応するように、軋む音を立て扉がゆっくりと開かれた。

 その先に居たのは、このスフェール王国の主であり、サーラの父イサーク・ディアマンティだった。

 サーラは優雅に歩みを進めると、ゆっくりと父の前に跪き、頭を垂れる。


 イサークには、5人の姫君と6人の王子がいる。サーラはその末の娘であった。

 美しい宝石や質の高い玉が採れることから“宝玉の国”とも呼ばれるスフェールの王らしく、小太りな体に身に着けている装飾品はどれも最高級の宝玉ばかりで作られていた。

 対してサーラが身に着けているのは、宝玉の国の姫とは思えないほどの質素なドレス。

 貴族の子女の方がサーラよりも良い服を着ているのに。

 他の姉達には、たくさんの煌びやかな宝玉が散りばめられたドレスを与えるのに、サーラは一度も貰った事が無い。

 派手な趣味を持つ姉達と違い、サーラは宝玉に興味が無かったので豪華な衣装を貰えなかった事を悲しんではいなかったが、やはり自分は父に好かれていないのだと再認識させられた。

 そんな父がサーラを呼び出すほど、何か重大な事がこれから起きるのだろうと予感する。


 イサークはサーラを冷たい視線で見つめると、簡潔に言い放つ。

「サーラ、お前に縁談が決まった」

 サーラは頭を下げたまま、目を大きく見開いた。このわたしに縁談、とかすれた声が小さく響く。

「相手はシュトルツ族の長だ」


 シュトルツ族。スフェールと隣国エゲリアを挟むようにして位置する地に住む少数民族である。人間と獣を合わせたような容姿をしているという。


 一国の姫君が辺境の異民族へ嫁ぐなど聞いたことが無い。サーラは頭上に降り注ぐ父の冷たい視線を感じながら息をのんだ。

「2週間後にシュトルヴァ領で結婚式を挙げることになる。スフェールからはお前と側近だけで向かえ」

 サーラは父の言葉に頷くしかなかった。

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