第3話 危機と不便と好奇心

 異界史を読んでいくと、それは魔法を持たない人類の思考錯誤の物語であることが解る。1巻を読んでいる途中でもそれがひしひしと伝わってくる。


 どの文明にも、統治、食糧確保、軍事技術への工夫が見て取れる。文化文明の発展は存続の危機と積み重なった生活の不便と抑えきれない好奇心から大きく進む。そんな印象を受けた。


 さて、貴族に生まれた僕はなにかに危機感を持ったことはあっただろうか。魔法使いに生まれた僕は本質的な不便にであったことがあるだろうか。中途半端に満たされた生活を送る僕は本気で好奇心を動かされたことはあるだろうか。


 そんな問いが心に突き刺さっていた。


 どうせ魔導貴族になるつもりはないんだ。それならいっそ異界史を突き詰めてみるのもいいんじゃないか?そういう思いが生まれてきたのは異界史を読み始めて1ヶ月が過ぎる頃であった。


 まずは僕の中の危機感を認識する。そして何気ない不便を見つけていく。世界の変化や日常の変化に好奇心を持って続けていく。そういう目標を立てて日々の生活を送ることにした。


 技術もなく生存能力にも乏しい領民、存続しているだけで発展のない領地、どちらも貴族が期待をせず一方的な庇護という歪んだ関係性からなるべくしてなっている。

 魔法の無い異界で魔法の使えない人々が文化を発展させている事実を知るとその考えが確信めいたものになった。


「民を募って実験したいな」


 そんな思いが湧いてきたのは異界史を読み始めて3ヶ月ほど経った頃、「産業革命時代」の辺りを読んでいた時だ。学校が休みに入ったら父に掛け合って開拓許可を貰おう!僕を慕ってくれる領民の中から開拓地に一緒に行ってくれる人を募ろう!なんだかワクワクしてきた!これが好奇心なのかもしれない!


 そうと決まれば学校の勉強にも身が入るようになる。今までは漠然と習っていた魔法も整地や開拓に役立ちそうな魔法を中心にどんな環境でも対応できるよう勉強した。

 攻撃力ではなく対応力、発動の速さではなく堅実さ、難解な魔法ではなく安全性と扱いやすさ、魔導貴族の求めるものの真逆を行く存在になってしまった。


 みんなが遠巻きから奇異の目でみてくる中、アメリアさんは面白いのか直接僕にどういう目的で使う魔法なのかをよく聞いてきた。あまり知られていなかったり、興味を持たれずに埋もれていた魔法を僕が開拓に使えそうと言って掘り起こすのだ。


 先生の中にも魔導貴族を育てるだけでなく、様々な魔法の研究をしている方もいる。土壌改良の魔法や川の流れを変える魔法など戦には使えないけど便利な魔法ってものを作っていたりする。

 なかなか日の目を見ない魔法に興味を持つ僕は先生たちの間でもちょっとした噂になってきたらしい。理由や考えを議論することも増えてきた。その際はいつも異界史を宣伝している。


 仕事と役割を与え民たちで考えさせる。そういった事を開拓地でやってみたい。

 魔法は開拓と仕事の問題解決の手段としておこう。これで全部解決しちゃうと今までと変わらず魔術師が一人で解決すればよくなっちゃうからね。



 ワクワクとした気持ちで1年目の長期休暇を待つのであった。

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