70 惺◇種明かし・それぞれの武器

「では。そろそろ、これも種明かししましょうか」

皆が、カップの中のお茶を飲み干す頃。

反対側の棕矢そうやさんが、急に発した科白せりふに僕達は顔を上げた。

脈絡が無く、あまりに唐突だったから、僕達は言われた事を理解するのに手間取った。

「種明かし?」と、こちら側の棕矢が、首を傾げる。

「ああ」

次の言葉に、耳を疑った。


「実は、アキラ君たちも、工匠の術を遣えます」


「え?!」

思わず、あきらと顔を見合わせる。

「嘘?! そんな…今まで、気付かなかった…」

恭さんが口元を両手で覆い言う。

「……」

こちら側の棕矢は、親指を唇に当てて、俯き加減で何か考えている。

「自覚、あった?」と恭さんが首を傾げて、僕と劍に訊ねる。

「…ううん」

「僕も、特にこれといった感覚ものはありませんでした」

「そう…よね」

「ええ」

……あれ? でも、待てよ?

僕は、棕矢さんを見据えると、慎重に訊ねた。

「もしかして、僕達が何度か見てきた、セピアやモノクロの…」

「そう。あれも術の応用です。特に高度な技術と、確かな〝記憶〟が無いと、あんな風には再現出来ない。ちょっと特殊な遣い方ですが」

「確かな記憶って、要に、記憶の中の情景を鮮明に思い出せる事が出来れば、通常の念を籠めるのとは大差ない、って感じかしら?」

「まあ、念じる事においての感覚は一緒かも知れませんね。今、恭さんが言った通り、通常も極力、写実的リアルに想像しますから。〝独創オリジナル〟と〝思い出〟…どちらを想像するか、という違いでしょう」

「…そう」

恭さんが小さく頷いて、納得を示したところで、また僕は〝予想したこと〟を棕矢さんに問う。

「棕矢さん。ただの、僕の予想ですが…僕と劍が術を遣える、とおっしゃいましたよね?」

「ええ」

…僕と劍は、店で〝あの本〟を拾い上げた時に見た光景ものについて、詳しく説明をした。


 *


「…という事は、僕達が断片的にも〝鮮明な回想〟を見られたのは、そのせいでしょうか?」

「恐らく」

反対側の棕矢さんが頷く。

「…やっぱり、あれ。〝存在想像計画カタチそうぞうプロジェクト〟の時の光景ことだったんだな」

劍が言うと、今度はこちら側の棕矢が答える。

「〝副本ダミー〟は元々、私のお祖父様が一から作ったものだからな。きっと必然的に〝お祖父様の記憶〟が根源にあるのだろう」

「で、その記憶の封印ロックを僕達が、知らず知らずの内に〝解除〟していて、見た…と」

「君達の話と照らし合わせると、辻褄つじつまが合いますね」と、反対側の棕矢さんが言う。

「ええ。確かに、副本ダミーを拾った瞬間、ガラスが割れるような音がしたので、結界かな? とは思っていたんです。ほら。以前、棕矢さんや劍や、そちら側の恭さんと手合わせした日。僕が、ここの門に飛び込んだ時も同じ音がしたので」

「なるほど」

「ほんと、術でそんな事も出来ちゃうなんて、全然知らなかったわ…。ねえ? お兄様も、記憶を再現できる、って…知ってたの?」

「いや。正直、この遣い方は知らなかった。…あ! いや、お祖父様が一度、多分この方法で、私に〝回想〟を見せてくれた事はあったか。

あとは強いて言えば、何度か、彼の再現した〝回想〟を見ている時、所々で術の波動を感じていたから、やっと繋がったよ。納得だ」

「そっか。…あ! そう言えば〝反対側の恭ちゃん〟は、術を遣えるの?」

恭さんが、反対側の棕矢さんを見た。それに、棕矢さんが淡々と答える。

「私の妹は術を操る力が極端に弱いので、駆使するのは難しいです。だから、大抵は魔性具ましょうぐ頼りですね」

「そうなのね」

「はい」





   ***






『術によって具現化された生み出された武器』


武器という棕矢さんの言葉に、様々な記憶が鮮明に僕の脳内を駆け巡る。



◆劍の短刀

「あれは、最初…棕矢コイツに渡されたんだ」

そう言って、あきらが〝棕矢そうやさん〟を見た。

棕矢さんは、両の碧い瞳で真っ直ぐに劍を見詰め返す。


「そうですね。あの短刀は、私が作りました」

「…作った?」

「ええ。あれなら〝安全〟ですからね」

「安全? …凶器なのに?」

「ああ」

……?

「さっき術で作っている、と言ったでしょう? だから基本的に〝存在きみたち〟には、無害なんだ」

矛盾した言葉に、皆がきょとんとする。

なぜ? と言いたげに、好奇心のじった眼差しを向ける、棕矢。

劍と恭さんも首を傾げる。


「更に詳しく言うと、正確には〝術と鉱物〟で作っている」

「鉱物?」

「ああ。〝存在きみたちそれぞれに相応しい鉱物いし〟を使うんです」

「…それぞれに相応しい、というのは存在カタチ創造の時に〝厳選された鉱物〟の事か?」

こちら側の棕矢が訊ねると、棕矢さんは頷いた。

「そうですね」

「そうか……〝同じモノ〟だから影響を及ぼさない…」

「ふふ。棕矢きみは流石だね。そう。同じモノ同士なら吸収されて、一体化する」

「そして、存在カタチの原形をとどめているのが〝混合術〟だから」

「だから尚、混ざり合い、同化する」

「吸収? 同化? 同じモノなら凶器でも…幽霊みたいにり抜けちゃうの?」

「それ…溶け合う、って意味?」

恭さんと劍が不思議そうな顔をする。

「では…ちょっと強引ですが、僕達が初めて逢った夜。あきらの投げた短刀が、僕の服を掠めただけだった理由にもなるのでしょうか? 僕に相応しい鉱物、というもの使っていれば、の話ですが」

「原理からしたら、そうなりますね」

「…はい」

「え?」

「え? って。あ、恭さん、すみません。僕が初めて、ここに来た夜。劍が出会い頭、僕に喧嘩を売ってきて、短刀を投げたんですよ」

「え、投げ…劍君、どういう事かしら?」

恭さんが劍を睨むと、劍が嫌そうな表情かおをする。

「おいあきら、人聞きが悪い言い方するな」

「ふふ。ごめんなさい。まあまあ、怪我は無かったですし、今の説明通りなら安全らしいですから。きっと彼にも、ちゃんとした理由があったんですよ」

僕は敢えて、ちょっと他人事の様に言う。

「あっ…え、ええ…そうね。ごめんなさい。つい」

「ふふ、恭さんらしいです」

「はあ…。それで? あの時、もし俺がコイツを突き刺していたとしても、傷ひとつ付かなかった…って事で良い?」

劍が何だか呆れた様な顔で、早口で言う。

「もう、そんな物騒なこと言わないでくださいよ」と、僕は笑う。

「例えだよ、例え。お互い様だ。お前も、笑いながら物騒とか言うな」

「はいはい」

「それで? どうなんだよ」と劍が返答を急かす。

にやりと不敵に笑った、棕矢さんが言う。

「そういうこと」

「そうか…」と僕は、ぼんやりと呟いた。そして、ふと思い出す。

「相応しい…それぞれの鉱物? …もしかして! 僕は〝黄鉄鉱パイライト〟…劍は〝赤鉄鉱ヘマタイト〟ですか?」

劍が目を見開く。恭さんも、何かを思い出した様で小さく息を呑んだ。

「ああ、そうだ。だから渡した短刀には念の為、二種類の鉱物を用いた。惺君用の黄鉄鉱。劍君用の赤鉄鉱をね」

二人のアキラの顔を順に見ながら言い、彼は「どういう展開の戦闘バトルになるか判らなかったからね」と愉快そうに付け加えた。

「謎が解けましたね」

「…うん」

「棕矢さんが、僕達に〝相応しい〟と言って、鉱物を与えた理由」

僕と劍は互いの顔を見た。





◇裏の恭の短銃

「なあ」と、あきらがおずおずと切り出す。

「ん?」

「〝反対側そっちの恭が持ってた、あの短銃〟棕矢おまえが作ったのか?」

「いや、あれは〝本物〟です」

「本物…」

「コルト・パイソン」

棕矢さんの発した単語には聞き覚えがあった。僕は孤児院で見た図鑑や映画の場面シーンを思い出して言う。

「ああ。うろ覚えですけど『リボルバーのロールス・ロイス』って言われている、要にそこそこ名の知れた銃ですかね」

「本物の銃?」「コルト・パイソン…?」

兄妹が神妙な顔付きになり、空気が少し重くなる。

……はあ。これじゃ、また重苦しい雰囲気になっちゃいますねえ。

「じゃあ。僕、本当に危機一髪でしたね」

突然、軽い調子で言う僕に「そうですね」と、くすくす笑って答える反対側の棕矢さん。

そして、少し懐かしそうに、反対側の棕矢かれは語り出した。

「恭は…なぜか判らないが…ある日、急に〝パイソン〟を持って帰ってきたんだ。

何事かと思ったよ。

どこからこんな物、持ってきたんだ? とか色々と訊いたのだけれど、全く教えてくれなくてね。

しかも『これを使いこなせるようになるのよ』とか言い出して…いくら止めても聞かなくて…」

彼は困ったように〝兄〟の顔で、優しく微笑む。

「そ、そちら側の私は…結構、大胆みたいね」

「うん。恭姉と真逆の人だった…」

恭さんが苦笑いすると劍が即答した。

「そう…。うふふっ、ちょっと憧れちゃうわ」

「え…駄目」

意外な恭さんの反応に、劍が急に不安そうにおろおろとする。ちょっと面白い。

「〝恭〟は一度決めたら意地でも、とことんやろうとするから。結局、私が折れて、庭に結界を張って練習させたんです」

反対側の棕矢さんが、そんな二人を一瞥いちべつしてから、また話し出す。

「ああ…だから、あんなに、しっかり撃てたんですね」

「あはは。そうかもしれないな」

「そうでしょう? 普通、あんなに華奢な身体だと、撃った反動で吹き飛んじゃいますから」

「そうだな」

すると、からかう口調で、こちら側の棕矢が言う。

「でも、君の事だから、恭さんの射撃の補助に、魔性具でも持たせているのだろう?」

「御明察」

……まあ、流石に自覚してますよね。向こう側の恭さんに〝お兄様あなたは甘い〟って。

案の定、問われた棕矢さんは苦笑いしている。

小さな声で「お兄様は、お兄様ね」と、恭さんが嬉しそうに呟いた。





◆裏の棕矢の洋弓と長剣

「では、貴方の洋弓と長剣は? 光っていた気がしたので、普通の物ではないとお見受けしますが…」

僕が問うと、反対側の棕矢さんが頷く。

「そうですね。あれも、私が術で作りました」

「やっぱり」

「それに最後、長剣がどうなったか…惺君きみは、しっかりと見たでしょう?」

「ええ。門の外で砕け散って、きらきらしていました」

「門で結界に弾かれたからね。棕矢の張る結界は、特に強力ですよ」

棕矢さんが言うと、こちら側の棕矢がさらりと返す。

「でも君は、いつも、私の結界をいとも容易く解くじゃないか」

「ふふ。私は、不法侵入の常習犯ですからね」

たちが悪い」


「でも、あの夜は…

〝私の役目〟を果たしただけですよ。惺君を導き、ここに送り届ける、というね」


「役目…か」

「棕矢さん。僕を送り届ける、という割には本気でしたね」

「あはは。ごめんね」

「いえ」

「荒業だったが〝中和の存在〟であるアキラ君たちの実力を試したかったんだ」

「え? 達、って俺も?」

劍が驚いて目を見開く。

「ですね」

「……」

「大丈夫ですよ。君は、私の〝力の変動〟に耐えられた事が解っただけでも、収穫です」

「……うん」


「惺君に関しては、充分過ぎるくらいの身体能力、冷静な判断力と、強靭タフな精神力が確認できました」

「そ、そうですか」

「はい。協力、ありがとうございました」

「い、いえ」

戦闘の理由が、あまりにあっけなく明かされたので、僕達は毒気を抜かれ、ぽかんとしていた。

「…あれでも、棕矢コイツは手加減してた」

「でしょうね」

「ああ、ちなみに結果から、まだ断定は出来ないがくだんの〝アキラ君たちの武器〟についてもしかりです」

「え? えっと…。あ、棕矢さんが鉱物で作ったっていう?」

「はい。あれも、少し感覚コツを掴めば、二人共、それぞれの鉱物から、術を遣って『自力で武器を具現化できる』筈です」

僕は、棕矢さんに言われた言葉の意味を理解しようと考える。

「想像つかないですね」

「…う、うん」

劍と視線が合う。二人とも首を傾げた。

「落ち着いたら、追々、一緒にやってみましょう」

棕矢さんが言う。僕達も、それぞれ返す。

「はい。お狐さまと〝契約〟した『中和の役目』を果たす為、ですからね」

「うん」



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