71 大事な役目/惺◇長い夜が明ける

◆□■◇


「なあ。君の言う、君自身の〝役目〟ってのは、どういう意味だ?」

碧と金の瞳の男…こちら側の棕矢が問う。

「私の役目? …君のお祖父様じいさまから託された〝大事な使命ミッション〟だよ」

碧い瞳の男…反対側の棕矢が答える。

「…おじいちゃん?」

「ああ。君と初めて顔を合わせた時に、封筒を渡しただろう?」

「あ、ああ」

「それを預かった時、私も〝お祖父様〟から頼まれたんだ」

「……」


その場に居た誰もが息を潜め、彼の次の言葉を待つ。


反対側の棕矢かれが静かに目を閉じた。

時が止まる…静止する。


   *


「こんばんは」

「ああ」

「具合、どうですか?」

「はは…見ての通りさ」

「……」

「それで? 今日は、何だ?」

「え?」

「え、って。いや、君は私に用があるから来たんじゃないのか?」

「…きょ、今日は、用事があるわけじゃないです」

「そうか」

「…心配だったんだよ」

「……」

「……」

「……棕矢そうや

「はい」

「君に…大事な役目を、お願いしようと思うんだ」

「……」

「皆を…」

「……」

「皆を、守って欲しいんだ」

「……」

「それから、存在カタチの三人が〝真実〟を受け入れる為の環境と準備が整うまで、導いてやってくれないか?

まだ〝現実〟を、何も知らない棕矢を…補助サポートして貰えないだろうか…?」

補助サポート? …具体的には?」

「具体的に、か。そうだな。例えば…離れ離れになったアキラ達を、最終的にはここに連れ戻したい」

「つ、連れ戻すって…」

「アキラ達を〝再会させる〟為にあらかじめ、それぞれここに呼び寄せる年齢を決めて、計画的に連れて来るんだ」

「……計画的に、再会させる」

「そうだ。アキラ達は〝二人でひとり〟

君も知っての通り…あの子達の、真の役割は〝中和〟なんだ。

二人が同じ場所に居ないと、きっと〝彼等の存在意味〟は薄れてしまう…」

「……」

「全てを知り、真実を打ち明けられるのは、君と棕矢しかいないんだ…」

「そう…ですね」

「後日、私から、あの子に〝孤児院に引き取って貰ったアキラ〟の事を頼む。

だから、君には〝もうひとりのアキラ〟を頼んでも良いか?」

「院でなく、夫婦に引き取られた子…ですね」

「夢を…」

「え?」

「昨晩、夢を見たんだ…」

「…どんな?」

「私の息子と、その連れが惺と一緒に暮らしている夢だった」

「母さんと、父さん…?」

「…そうなるな」

「……」

「実を言うと、私は惺を引き取ってくれたご夫婦の顔を知らないんだ。写真も無くてな。

協力してくれた常連客に諸々、丸投げ状態だったから。…自業自得だが、ご夫婦の顔を拝見出来なかったことに、少し悔いが残っている」

「そんな悲観的にならないでくださいよ」

「はは。すまん」

「い、いや」

「所詮、夢の中のはなしだ。私の勝手な妄想だが、もしかしたら惺は本当に息子達みたいな夫婦に恵まれたのかもしれない」

「…かもな」

「なあ。棕矢…」

「はい」

「私が犯した罪の尻拭いを、君にさせてしまって…振り回してしまって。

君だけの平穏な人生があっただろうに、無残にも壊してしまった。

本当に…悪かった。ごめんな。

世界だけでなく、君の人生をも狂わせた私を、君は許してくれた。…なんて、これも私の都合の良い思い込みかもしれない。もしかしたら君は、今も腹の中が煮え繰り返るくらい憤慨していて、私を恨んでいるかもしれない…。

でもな。たとえ、どうであろうと、私は君を信じているんだ。

…頼むっ! 私達に協力してくれ。お願い…します」

「…俺は。貴方を憎んでなんかいません。だから、許すも何もないです。

俺は〝棕矢と表裏一体〟なんだ。きっと俺達も〝二人でひとり〟なんです。

だから…最後まで協力します」


「そ、棕矢君…ありがとう」


   *


「起きる気配が無かったから。取り敢えず、タイプライターを片付けて紙も全部、回収しておいた。

それに、遺言って…生きている間は、見付かっちゃいけないもののような気がしたんだよ」

「そうかも…しれないな。ありがとう」

「ああ」

「君は〝それ〟を読んだのか?」

「いや」

「そうか…。実はな。君に、もうひとつ頼みたい事があるんだ」

「俺に?」

「ああ。君にしか出来ない事なんだ」

「私がこの世を去ったら〝手紙これ〟を、棕矢に渡してくれないか?」

「……うん」


   *


なんじは、私の右腕となり、〝工匠おまえたち〟の犯したあやまちの償いを…』


『ひとつの禁忌が、表裏の世界の天秤を傾けたのだ』


『汝は、この役目を果たすのか否か…』



『今後〝門の管理〟を手伝って貰う』


『正門以外の門の開閉を可能にしてやろう…』




   *






反対側の棕矢そうやが目を開けた。

石像の如く動かなかった彼等が、再び動き出す。

さっきまで見開かれたまま、朦朧として光を失っていた四人の瞳は、光を取り戻し、複雑な色を帯びている。険しかったり、哀しかったり、辛かったり、驚愕だったり…はたまた、穏やかだったりと。

「アキちゃん…」

「父さんと、母さん」「お父様と、お母様」

同時に呟いた茶髪の少年と少女の視線が交錯する。二人は、こくりと小さく頷いた。

「お祖父様が夢で見たことは、本当の事です。僕は、棕矢そうやと恭さんの〝ご両親〟に育てられました。

それから僕は、昔、孤児院で〝お祖母様〟に会っています。お祖父様とお祖母様が、僕達を連れて、丘に行った時の回想に出てきた女性、正にその人でした。あの時の事は、なぜか凄く鮮明に記憶しているんです。だから、見間違いではありません」

茶髪の少年の真剣な表情かおを見て、碧と金の瞳の男が言った。

「それは、どちらとも、多分、具現化された〝記憶〟だな…こちら側のお祖父様と、お祖母様の…記憶」

「え…?」

「お祖父様とお祖母様が生み出した〝アキラ達〟の身の周りでは、少なからず、本か工匠の術の力が影響を及ぼしていたのかもしれない…」

「記憶から形作られたモノ…。だから〝お父様とお母様〟が〝あきら君のご両親〟と『同じ』だった…」少女が男の言葉の意味を確かめる様に、ゆっくりと言った。

「記憶の…」茶髪の少年が呟く。

「だ、だから、惺君かれのご両親は〝消えてしまった〟の?」

少女が問うと、碧と金の瞳の男が頷いた。

「…恐らくな。惺を引き取ってくれた夫婦は…きっと一時的に具現化した、私達の両親の『幻』だったんだ」

「そ、そうよね…。お父様と、お母様は、兄妹わたしたちが小さい頃に亡くなっているんだもの…」

「……」茶髪の少年は唇を噛み締め、とても寂しそうな表情かおで俯く。


「でも」

突然、凛とした声が重たい空気を掻き消した。一斉に、皆がそちらを見る。

声の正体は、黒髪の少年だった。強い瞳の彼は、はっきりと、こう言った。

「でも、幻でも育ててくれた〝親は親〟だろ。第一、俺達は皆〝ここ〟から生まれてるんだ」


一瞬、場が静まり返る。


ここ…この館。もっと強引に遡れば、全員が『祖父母』から始まったのだ。

反対側の世界の『祖父母』も、対の祖父母にんげんが居なければ、存在できない。

だから、本当に〝皆〟が…祖父母から始まったのだ。

あきら、ありがとう」

茶髪の少年が、優しく微笑む。彼の頬を涙が一滴ひとしずく、流れていった。






   □ ■ □ ■ □






あきら…」

「ん?」

「ずっと、気になってた事、訊いても良いかな?」

「…うん」

「一番初めに、僕達が逢った時」

「うん」

「劍が部屋に来て〝ぼくに手紙を送ったのは、劍だ〟って言ったでしょう?」



「お前は…あの手紙を不審に思わなかったのか…?」

「不審ねえ…僕は、ただ受け取っただけですよ。ああ…でも、その…直接じゃなかったですけどね」

「直接でない、か」

「はい。僕はここに来る前まで、孤児院に入っていたんですよ」

「孤児院…」


「あの手紙は……俺が送った…」



「…うん」

「今まで、あまり気にしていなかったんだけれど、どうして劍は〝あの孤児院に僕が居た〟って知ってたの?」

「……夢で、お前のことを知ったんだ」

「夢?」

「うん。どうしてか分からないけれど『惺は、俺と対の人間なんだ』って思ったんだ。本当に…その…勘みたいなものだったけど…」

「そっか…。たとえ、棕矢達が計画した再会だったとしても、やっぱり〝運命〟ですね」

「う、運命って…まあ、そう…なのかも、し、しれない…」

「ふふ」

「……」

「それから」

「…何?」

「君は、その夢の中の情景だけで、あの孤児院だって特定出来たみたいだけれど…んー…特定出来そうなもの…か。あ、古書室が出てきたんですか?」

「…いや」

「……?」

「俺も…赤ん坊の頃から五歳まで、同じ院に居たんだよ」

「え?! あ。院って…そ、そうだったんですね!」

皆との会話で孤児院の話は、度々出ていたけれど、まさかかれも同じ孤児院だったとは。

「ああ。あと…」

「ん?」

「今だから言えるけれど〝向こうの棕矢そうや〟が教えてくれたんだ…あの孤児院で間違いない、って」

「ふふ。本当に、反対側あちら棕矢かれは、物知りですね」

「不思議な奴だよ」

「あはは…そうですね」


劍が、ふっと小さく笑って優しい声で言う。

「Dさん…」

「うん」

「…俺にとって、お母さんだったんだ」

「…うん。Dさん、良い方でしたよね」

「うん」

僕達は、軽く顔を見合わせると、二人で微笑んだ。


そろそろ、長い夜が明けます。

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