26 棕矢◆二人の幼児/祖父□頼もしい客
十一月。
俺の目の前に、二人の
ひとりは綺麗な色白の肌で、色素の薄い柔らかそうな茶髪の子。ふっくらした頬と長いまつ毛も相俟って「女の子みたい」という感想を抱く。
もうひとりは黒い髪の子で、他に目立った特徴が見付からない。強いて言えば、幼児にしては顔立ちが整っている…という感想かな。可愛らしいというより、綺麗と言った方が相応しい感じ。
名前は「アキラ」と、お
「二人とも…アキラ君なんですか?」
「そうよ」
俺が訊くとお
……でも、この子達は一体?
「お祖父様…。こ、この子達は…えっと、その…どこの子なんですか?」
「おじいちゃん達の遠い親戚の、お孫さんなんだ」
「親戚…?」
話を聞くと、この子達の両親は他界されていて、アキラ君たちは今回の依頼主の夫婦に育てられていたらしい。しかし、複雑な事情があって、もう夫婦や身近な人間では育てられなくなってしまった…と。それで、やむを得ずここで預かる事になったのだと言う。
なぜ、
□ ■ □ ■ □
XX13年 12月
庭に雪が積もり始め、客足も少し減ってきた
十一月の末くらいから不調を訴えていた妻の体調が急に悪くなり、突然倒れた数日後…。寝室のベッドに横たわる彼女と、私は大事な相談をしていた。
「アキラ達は今後…二人、別々の人生を送らせた方が良いんだろうか…」
「…ええ。私は…その方が良いと思っていますよ」
「…ああ。そうだよな」
……アキラだって〝
私達が創って、勝手な都合で〝中和の役目〟を託して…。だからと言って、この子達の人生全てを、私が決めるなんて事はしたくなかった。役目以外の未来は、縛りたくないんだ…。
「でも、どうやって別々に…」
煮詰まり、段々と不安に思えてきた頃だった。
「貴方、孤児院は?」
「え? …ああ!」
そうか! その手があった! 妻が言ったのは、きっと街中の方に在る孤児院の事だ。
*
その孤児院は…ルナでは割と有名な、公認された施設である。
随分と昔は、大図書館だったのだが…いつからか孤児院にする計画が進められ、改装工事をし、今から三十年以上前に完成したのだ。
業者との契約の際…
『館内の膨大な資料や古書は、そっくりそのまま保管、保護する事』と。
今ほど技術が発展していなかった時代…。突然の報せに、暫く毎日、号外が絶えず舞ったものだ。それに、計画理由も目的も曖昧だったあの頃は皆、物珍しかったのか競い合うようにして号外を奪い取っていた記憶がある。
当時の記事によると、改装した理由は『
それから、私が
孤児院というものは、一見「可哀相」と思われる場所かもしれない…が、この街の者達はそんな風に思っていない。例えば、現在も定期的に続く、募金や本の寄贈。古着の提供等。院の支援や取り組みの姿勢に感銘を受けた人間がひとり、またひとり…と協力していった事で、今の充実した施設へとなっていったのだ。
*
「じゃあ、ひとりは
「そうねえ…」
「他に引き取ってくれそうな
しかし結局、二人して唸るだけで何も思い付かなかった…。
「
「え?」
ある夜、来店した常連客に注文された茶を出した時だった。
「ど、どうしたんですか、って。私、そんなに変な顔してましたか?」
「ははっ、そりゃあ俺は長いこと
「あはは…そ、そうか」
……いかんいかん。お客様の前でしけた顔するなんて。
そう冷静に思う一方で、指摘された事によって、また「
「もう、何かあったんですか?」
客は私の目を見ると、困ったように笑う。
「いや…。そ、そうだ! 唐突なんだが…この辺りで養子が欲しい、って人…知らないか?」
「よ、養子ですか? 本当に唐突ですね。そうだなあ…ん?」
腕を組んだ彼が少し目を細め、一瞬ぴたりと動きを止めた。
「絶対とは言えませんが…声掛けられそうな人は探せるよ」
「本当か!!」
「は…はい」彼が驚いて
「す、すまん。つい…」勢いが付き過ぎた。今の「探せる」という表現に違和感があったが、これは間違い無く、事情を話してみる価値のある
カチャ
客が飲み頃になった茶を一口啜り、カップを置いた。
「そういう事でしたか…」
「ああ…。本当は預かった以上、責任を持ってちゃんと育ててやるべきなんだろうが…。逃げに聞こえるかもしれないが妻の事も…」
「そうですよね。お察しします」
私が言い終える前に、彼は純粋な悲しみを含んだ瞳をして頷いた。
そして私に視線を合わせると、歯を見せて明るく笑い、こう続けた。
「俺に任せてください」
「…はい?」
思わず手に持った盆を落としそうになる。
「実は俺の実家、そういう支援援助や仲介してるんだ」
彼は口角を上げ子供みたいな顔で、にやっとした。
「そ、そうだったのか?! …知らなかった」
「はははっ、だって言ってませんもん」
彼は愉快そうに、声を上げて笑った。
頼もしい常連客は、帰り際「じゃ、実家に連絡してみますね」と言い、「また来ます」と爽やかに店を出て行った。
「頼む。上手くやってくれよ…」
私は玄関で、遠ざかってゆく彼の背中を見送りながら強く祈った。
***
「いらっしゃいませ」
「こんばんはー」
「ああ、これはこれは」
「
「ああ!」
笑顔で、元気良く入ってきたのは、実家が養子縁組の
「外、寒かったでしょう? さ、お掛けください」
私はカウンター席を
彼の話によると、実家から募集を掛けたところ、想像以上に早く「引き取りたい」という手紙が届いたと言う。差出人は都心の方に
その夫婦に連絡を取ってみると「一刻も早く子供に会いたい」と懇願していた為、現時点で既に諸々の手続きの大半は済んでいるとの事だった。
「良い方達だって、お袋が言ってたよ」
「そうか。専門家のお墨付きなら、安心だな」
「ええ、
「え? あ、ああ。本当に助かった。常連様な上に、私的な事にこんなにも協力してくれるなんて…君は恩人だよ」
「恩人って…もう、おだてても何も出ないですからね」
「いやいや、何か出すのは私の方だろう。急だったのに、本当にありがとう」
「いいえ! とんでもない。
…それから私は、彼が持ってきた書類に記入、
「では。後日、
一応、業務対応なのか、突然、別人のように
「はい、よろしくお願い致します」とこちらも堅苦しく頭を下げる。
彼は真面目な
***
某日。彼と、彼の母親らしき女性が約束通り
二人と事務的な会話を、いくらか交わした後、私は惺を引き渡した。
正直、寂しさだってあった。勿論あったが、それよりも惺には〝新しい人生を謳歌して欲しい〟という気持ちの方が強かったから…きっと私の中に未練は無かったと思う。ちなみに。惺は術で眠っている状態で二人に引き渡したが、途中で目覚めるように施した。
「行ってらっしゃい……さようなら、惺」
惺を乗せた車は走ってゆく。新しい家族のもとへ。
翌朝。
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