25 裏の棕矢◆新しい使命/祖父□アキラ達を連れて/裏の棕矢◆役者は揃った/祖父□お狐さま
ある夜、俺は
ここからは遠目に丁度ハーブの庭が見え、辛うじてだが店内の様子も窓から少しは窺える。
ガチャ
「よし。終わった…か」
視線の先には、〝こちら側の祖父〟が玄関から出て来たところだった。
仕事着で、ワイシャツの袖を捲り上げた恰好だ。実に
彼は玄関に掛かった店の
夜風がマントを舞い上げた。
「こんばんは」
「こんばんは、
声を掛けると、彼は背を向けたまま言った。
やはり結界を一瞬でも解いただけで、この人は〝俺〟だと気付いていたらしい。
いや、まあ熟練な上〝工匠の技術〟を操れる人間なんて数が限られているからな。そう考えたら、別に驚く事でも無いのか。
「今日は、どうされたんですか?」と、彼が振り返りながら静かに問う。
「今日は…」
*
『あちら側の夫婦が、動き出した』
それは、昨晩のこと。
俺の所に来たお狐さまが下した、次の使命だった。
『夫婦と〝彼等が創造したモノ〟を、大木まで連れて来い』…と。
*
「貴方達が〝創造したモノ〟と一緒に、明日の夜…ルナの大木まで来てください」
それを受け、
そして、なぜと問う事もなく「解った」と頷いた。
□ ■ □ ■ □
店に居た客が全て引き揚げると、私は玄関へと向かった。
店の看板を
「ん?」
突然、館の周りに張っていた結界が一瞬だけ解けた…? しかし、私は何もしていない。
……ああ、彼か。
「こんばんは」
……ほらな。
「こんばんは、
背後に気配と聞き慣れた声を感じながら、ゆっくりと振り返る。
「今日は…」
私達が〝創造したモノ〟…つまり「アキラ達と一緒に、明日の夜…ルナの大木まで来て欲しい」という内容だった。
少年が去っていくと、私は玄関の扉を静かに閉める。
「貴方どうしたんですか?」
妻は、看板を裏返すだけにしては、私が長く外に留まっていたことを指して、言っているらしい。私は深く息を吸い込み、吐く。
「疲れてるところ悪い…」
妻の眉根が僅かに寄る。
「アキラ達のことだ…」
妻は
……本当に。これで
私は固く唇を結び、大地を踏み締める。心臓が不快なほど、強く脈打つ。
「私達は少しでも、罪滅ぼし出来るのでしょうか…」
横で妻が不安そうな声を出したが、今にも泣き言が溢れ出しそうな私の口では返事をしてやれない。
今、彼女の腕の中には
二歳児くらいのアキラを抱いて丘を登るのは老体には少々堪えるが、そんな事を気にしている余裕はなかった。
肌寒い夜。裏の
無人の広い芝生の上で、私達は立ち止まる。
サクッ
しんと静まり返っていた中に音がする。
目の前にそびえた大木の幹の裏側から、白いマントを着た少年が現れた。
「どうも、こんばんは」
□ ■ □ ■ □
遠くの方で小さな灯りが二つ、揺れている。
それは次第に大きくなり、確実に近付いてくる…灯りの正体は
こちら側の祖父母が何かを抱えて、なだらかな丘を登って来ていたのだ。俺は、ルナの大木の太い幹に身を隠し、出るタイミングを計る。
やがて近くまで来た
サクッ
俺は踏み出した。
「どうも、こんばんは」
「こんばんは。
祖父が即座に反応し、真面目な顔で返す。隣に立つ祖母は緊張気味にこちらを見詰め、黙している。突然、現れた俺を前にして取り乱さないところが流石〝お
二人が抱き抱えていたのは、小さな子供の様だった。
……あれが〝中和の役目を果たす為に創造したモノ〟なのか? もしそうならば、俺が渡したルナの
と、スッと白銀の光が視界の端に漂い始めた。それを横眼だけで確認する。
……来たか。
少しして、俺の横にはっきりと姿を現したお狐さま。息を詰めじっとこちらを見詰める祖父母には、白銀の光やお狐さまの姿が見えていないのか、全く反応が無い。
……さあ。役者は揃った。
『始めよう』
「教えてくれ」
口火を切ったのは祖父だった。凛とした通る声で彼は続ける。
「君はなぜ、私達と…この子達を、ここに呼んだんだ?」
皆を集めた理由。最初、お狐さまに指示された時は俺だって解らなかった。
けれど〝今回の関係者〟を集め、この瞬間で姿を現したお狐さま。
俺の推測だが…彼は祖父母が連れてきた〝モノ〟が、本当に〝中和の役目を果たせるモノなのかどうか、直接確かめたかった〟んじゃないか?
『で? 貴方としては、何で皆を集めたんだ?』俺は、お狐さまに念じて問う。
『…アレが可か不可か、判断を下す為だ』
『やっぱりそうなのか』
俺は、大きく息を吸い込む。
「貴方達を呼んだ理由は…」
祖父母の緊張が、空気と共にここまで伝わってくる。
「その子達に、中和の役目が果たせるかどうか。念の為、確認させて貰いたくて、お呼びしました」
……って事だよな?
お狐さまを見遣ると、彼は前を向いたまま小さく頷いた。
「か、確認って…」
祖父はあからさまに眉を
「分かった。頼む」
『…だってさ』
お狐さまに念じる。じっとしていた彼がゆっくりと無言で歩き出した。
四人に向かって徐々に距離を詰めてゆく姿は、容姿のせいもあるのか狼が獲物を狙い、そっと忍び寄る時と、よく似ていた。
祖父母は、やはりお狐さまの事が見えていないらしく、俺の方を不安そうにじっと見ている。
沈黙。
お狐さまが子供のひとりに顔を近付ける…と、ぱっと白い光となって弾けた。
狐の姿から無数の光の線に変わった彼は、四人の間を
そして、そのまま俺の傍まで戻って来ると、再び本来の姿に戻った。
彼が、ゆっくりと深く頷く。
「大丈夫だ。これで良い」
その時、目の前に居た祖父だけが、なぜか驚愕と感動が混ざった
□ ■ □ ■ □
「大丈夫だ。これで良い」
少し離れた所に立って居たマントの少年が告げる。
……そうか。
喜ぶべき場面の筈なのだが、私にはそんな淡々とした感想しか生まれなかった。「そうか、安心した」と、それだけだった。
この時、私の目の前に居たのが〝少年だけでなかった〟と気付いたから。
……お狐さま。
お狐さま?
あれは…お狐さまなのか?
大きな体で一見狼のようにも見えるが、細部を見れば確かに狐だった。
たった今、そのお狐さまが私達を見据え、同意を示すかの如く深く頷いたのだ。
……お狐さま。
私は〝あの日〟の事を一生、忘れません。貴方を恨み、もう工匠なんて辞めてしまおうかと思ったこともありました。
けれど私が禁忌と知りながら恭を取り戻し、貴方に迷惑を掛けたのも…この街の
そして、貴方にお願いがあります。
もうこれ以上、少女達の未来を奪わないでください。
私達の人生はもう短い。いっそ、この命を代償にしたって構わない。だから…
だから、もうこれ以上…これ以上……
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