24祖父□頼む/裏の棕矢◆ルナの鉱物/祖父□アキラ

XX13年 10月


己の手で『中和の役目となる〝存在カタチ〟を創ること』

しかし、今回ばかりは、もう棕矢そうやを巻き込みたくない…。

そこで最終的に、やむを得ず「私と妻でろう」という事になった。が、妻は工匠の血縁では無いので、恭の時と条件が明らかに違う。

だから、ひとまず私が作った魔性具ましょうぐ…要に、疑似的に工匠の術を再現、補助させる為の道具を用いる事にした。きっと彼女がいくら念を込めても、必然的に〝存在カタチ〟を生み出すほどの力は出せないと判断したからだ。


さて。

中和創造…と、漠然な案は浮かんだものの「どうやって〝中和〟というモノを創り出し、どうすれば、それで〝世界の歪みを元通りに出来るのか〟」だ。

中和…言葉にすれば二文字。でも実際、そんなに大規模で、非現実的なものを一気に達成できるという保証はどこにも無い。


…物事を崩し破壊するのは、とても簡単で一瞬のこと。でも、崩れてしまってから取り戻すには膨大な時間が掛かるのだから。


私は、また何日も悩み尽くした。

食事も忘れるほど考えた。


そして。

十月が終わる頃。

「中和……だから〝表裏の対〟となる存在カタチを生み出すんだ…!」と。

やっと…ついに閃いた。

そして、ついの存在を創造するのなら〝もと〟をついにすれば上手くいくかもしれない!! と。

存在カタチ創造の儀式で〝呼応する鉱物〟はこちらからは選べないので、意図的に対にするなら〝ルナの鉱物いし〟しかなかった。

が、偶然にも、それは好都合だった。膨大な選択肢が一つに絞られた上に「今なら〝裏側のそれ〟を入手できる確率も高い」からだ。

「裏の棕矢きみに…私はけよう」



翌日。次回、裏の彼に会えた時の為、考えた事とお願いする内容を詳しく書き留めた。言葉にして紙に書き連ねると、作家になって空想の物語を書いている気分だった。しかし、私は書く…書く…書く…





   ***




XX13年 11月 


くだん書留メモが仕上がってから、二日後。

私は、どうしても胸騒ぎがして、深夜になっても眠れずにいた。


そして…夜中の二時を回った頃。彼は現れた。


「おや、こんばんは。…丁度、君に会いたいと思っていたところですよ」

一階のカウンターの部屋。窓を開け、庭先を眺めながらハーブティーを飲んでいた私は、カップをソーサーに置き視線を合わせた。

私の意味深な科白せりふに、白いマントの彼は理由を知っているのか否か「へえ」と、別段驚くこともなくただ、にやりとする。

「会いたかった…なぜですか?」

「それは…」

私は彼を室内に招き入れると、カップの横に置いてあった書留を見せ説明した。

彼は黙って、私の話を聞いていた。


「ルナを〝元通りにする為〟には、〝そちら側の鉱物いし〟が必要なんです。頼みます、協力して頂けませんか?」


「ほう…鉱物?」

「ああ。ルナの鉱物いしだ。私の勝手な思い込みかもしれないが…君が結界の解除術を遣えるという事は、君達の世界にも工匠が居るのだろう? いや…。君のお祖父じいさんは、工匠なのだろう?」





   □ ■ □ ■ □





目の前の男が、へりくだって頭を下げる。

彼は、お祖父様と瓜二つだから、物凄く変な感じがする。


「ほう…鉱物?」

「ああ。ルナの鉱物いしだ。私の勝手な思い込みかもしれないが…君が結界の解除術を遣えるという事は、君達の世界にも工匠が居るのだろう? いや…。君のお祖父じいさんは、工匠なのだろう?」

「…はい」

彼は、俺の返事に安心したのか息をひとつ吐く。

そして強く真っ直ぐな視線を向け、言った。

「では、それを、ほんの一欠片かけら…頂けませんか?」

「わかった」


反射的に俺は、深く頷いていた。きっと俺の中から自然と湧いた答えだったんだ。それに「元通りにする為に必要」というのなら、何も断る理由が無い。


「ありがとうございます」と、彼は再び頭を下げた。

鉱物いし…何とかして、貰って来ますよ」

俺は言って、館を後にした。





ルナの鉱物いしを持っていく、とあちら側の祖父に宣言したものの…

「どうやって手に入れようか」

祖父様じいさまから直接貰うのが、一番効率良いのは確かだ。

でも、それ相応の口実があるのかというと…正直、今は無い。


「興味があるので見せてください」

……うーん。今更?


「調べたいので…」

……いや、何をだよ。


「奉納品の作り方を…」

……これなら、そこまで怪しまれないか? いや。でも何で、急にこんな時期に、って思われるか?


結局、一つも、ぴんと来なかったので小難しい事は抜きにして、単刀直入に訊いてみることにした。一か八かだ。もし理由を訊ねられたら、それとなく誤魔化せば良い…。


 *


「お祖父様!」

俺は、お祖父様が寝室に入ろうとしているところを呼び止めた。緊張し過ぎて、脈打つ鼓動で胸が痛い。

「ん?」

「あ、あの、急で申し訳ないんだけど…ルナの鉱物、ちょっとだけ貰っても良い?」

案の定、お祖父様は疑問符を頭に浮かべ思案する。そして軽く笑うと「良いよ」とあっさり了承してくれた。

……なんだ。そんなに心配しなくても良かったじゃないか。


お祖父様は「今年の奉納品を作った時の余りが少しある筈だから、持っていって良いよ」と言ってくれた。

「ありがとう」

「ああ。おやすみ、棕矢そうや

「うん。おやすみなさい」


   *


俺は早速、仕事部屋に行くと鉱物を仕舞ってある場所の結界を解く。

何度もここに入っているから、どこに何があって、どんな結界が張ってあるか、くらいは知っている。


「あった…」


小さな欠片を手に取る。

ほぼ均等な間隔で細い筋が入る、銀色の鉱物いし。表面が凄くなめらかだから、触っていても鉱物という感じがしない。けれど手に乗せた時の適度な重量感と、ひんやりとした感触が、やはり鉱物なのだと伝える。


……よし。


「お狐さま…」


…反応は無い。外で虫が鳴いているのが微かに聞こえるだけ。


『お狐さま…』


今度は目を閉じ、念じる。


『今夜…正門を開けて貰えませんか?』



『……良いだろう』





   □ ■ □ ■ □






十一月 十八日。

私達は、裏の棕矢かれがくれた〝裏のルナの鉱物いし〟と、〝こちらのルナの鉱物〟を、それぞれに使い〝中和の存在〟を創った。


…二つの存在は、二歳くらいの幼児のカタチをしていた。


こちら側の鉱物を用いた方は、どことなく息子に似た男の子。

髪色は息子より薄いものの、ふわふわとした猫っ毛で、瞳の形も垂れ目気味で似ている気がする。それから、この子の瞳の色は、色素の薄い茶色ブラウン…まるで、息子の連れにそっくりだった。

それから、もう一方。裏側の鉱物を用いた方は、全体的な雰囲気が息子の連れに似た男の子だった。

切れ長の目と、女性的な穏やかで整った顔立ち。…しかし、艶やかな黒髪に、澄んだ紅色の瞳は誰に似ているわけでもなく、とても印象的だった。


「貴方…」

「……」

「これで、きっと…大丈夫よね」

「…きっと」

「ええ、きっと」


肩を震わせる妻の横。私はもう堪え切れなかった。

「…ごめんな」

「え?」

「ごめんな…お前まで巻き込んで…悪かった。本当に…」


この時…今更、仕方がないのに〝代償〟の事が脳裏で重く渦巻いていたのだ。

代償。現段階では、それらしき出来事は何も起こっていない。恭の時は、すぐに代償が判ったのに、今回は違うのか…?

一体どんなものが代償になるのか、全く見当が付かない…。

妻の手が、私の手に添えられる。温かい。

「いいえ。私だって関係しているでしょう? だから、貴方だけが背負う事じゃないわ」

彼女の言葉それは、子供をあやすような声だった。

私は、童心に返った心持ちで「ありがとう」と彼女の手を握る。


妻の頬からも一筋、涙が流れ落ちた。





それから、私と妻は〝中和の存在〟である二人の名を考えていた。今、二人には術を掛けてあり、眠っている。まじまじと存在カタチの顔を覗き込んでいた妻が、ふと「何だか、息子達に似てるわねえ」と、染み染みしみじみ呟いた。私も「そうだな」と微笑んだ。

数日間、妻と考えあぐねた結果、二人とも同じ響きの名前にしようという事で落ち着き『アキラ』に決まった。


◆劍…真っ直ぐなつるぎのように意志強く、過酷な運命をも跳ね返す力に満ちた子になって、皆を守って欲しい。


◇惺…悟ったように心が落ち着いていて、遠くまで澄み渡る星空のように、皆を正しく導いて欲しい。


そんな意味を込め『劍』と『惺』になった。

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