20 棕矢◆誇っても…良いんだ

説明を聞き終えた僕は、「ひとりにさせてください」と頼んだ。

祖父様じいさまは「わかってるさ」と言いたげに、困ったような、優しいような表情かおで頷くと、静かに部屋から出て行った。


ベッドの上へ、背中から倒れるようにして寝転ぶ。

大きくて弾力あるベッドは、僕の身体を上下に揺する。


ふわふわ…ふわふわ…


……ああ。このまま、もう一度、寝ちゃおうかな。


今の状況を、まだ漠然としか捉えられていないし、恭と再会する事が出来た喜びは冷めていないのに、モヤモヤとする。ここ一ヶ月間の計画プロジェクトで、僕の努力と根気は使い果たしたのだろうか。

「会えた時は、あんなに嬉しかったのにな…」

誰に言うでもなく呟いた。それから僕は、ごろごろと寝返りを打っていたが、結局、一階に下りる事にした。

部屋を出る。臙脂色えんじいろ絨毯カーペットの床を少し歩くと、その先に同じ色の絨毯が敷かれた階段が在る。大きな階段…それは「未知の世界に続く回廊」に思えた。普段は、こんな感想を抱いた事すらなかったのに…。


   *


カウンターのある部屋に着く。

俯き加減のまま、黙って自分のカウンター席…恭の隣に座る。〝前〟と同じように、大好きな妹がすぐ隣に居るというのに、心はまだ複雑だった。

お祖父様とお祖母様ばあさまが、心配そうな目でこっちを見ているのが分かった。

きっと、お祖母様は、既にお祖父様から全部、聞いているんだろうな…。

「お兄様」

急に恭が、僕の事を呼んだ。見ると、恭はそわそわと落ち着かない様子で、僕の反応を待っている。だから僕は、出来るだけ〝普段通り〟を装って「なあに?」と返す。と、妹は「待ってました!」とばかりに、にっこりして、カウンターの影から小袋を取り出した。

「じゃん!」

袋には、拙い字で〝おにいさまへ〟と書いてある。

「プレゼント」

それを、おずおずと両手で僕に差し出す。ほんのりと桃色になった頬と、上目遣いで見詰めてくる姿に「女の子って、ずるいな…」と思った。

僕が「ありがとう」と受け取ると、恭はますます頬を赤らめてを輝かせた。

「はい!」

睫毛まつげが長くて、ぱっちりした可愛らしい〝碧と金の瞳〟が必然的に視界の中で強調される…

また、ズキッと胸が痛んだ…。

その時。僕の心を察したのか、何とも絶妙なタイミングで、お祖母様が口を開いた。

「さあ、お兄ちゃん! 袋の中を見て頂戴」と。

……あ、久し振り。「お兄ちゃん」って呼ばれるの。

単なる呼び名でなく恭が居るからこそ意味を成す呼称に、僕はちょっと感動を覚える。

「うん」

小袋の口を縛ってあった細いリボンをほどいてゆく。よく見ると、袋の端にも同じリボンを束ねて作った、小さな花飾りが付いていた。


…袋の中身は、クッキーだった。


「おばあちゃんが焼いたのよ」

僕が中身を確認すると、お祖母様が嬉しそうに言う。そして「恭ちゃんが袋に詰めてくれたのよね?」と、恭に笑い掛けた。急に振られた恭は、ちょっと驚いた後、恥ずかしそうに小さく頷いた。

ふとお祖母様が、カウンターの下から、もう一個。僕と色違いの小袋を取り出す…「はい。恭ちゃんにもプレゼント」と、恭に手渡した。

恭にとっても、これはサプライズだった様で「わあっ」とか「ふふ」とか零しながら、凄く嬉しそうだ。

そんなやり取りを見ていたら、モヤモヤした気持ちも薄れていた。

むしろ、安心感の方が勝っている。


……そう。「もう、前と同じ。恭は〝カエッテキタ〟んだ」


凄惨な日常から、在り来りで穏やかな日常に戻ったんだ。


お祖父様が、僕等の事をたのしそうに眺めていた。





その夜。

僕の部屋に、お祖父様じいさまが来た。ベッドに二人で腰掛ける。

「…慣れるまで気になるだろうし、変な感じがするかもしれないが、少しずつ慣れていくさ」

お祖父様は僕と目を合わせないまま、諭すように…でも、ちょっと軽い調子で言う。気遣ってくれているのだろう。

「はい…」と、僕も俯いたまま、力無く返す。

〝何が〟とは言わなかったが、そんなの判ってたから…。二人とも黙ったままで、が出来た…。だから僕等は、感情の余韻に浸る。

「お兄ちゃんは、妹の命を救ったんだぞ?! 誇りに思っても良いくらいだ」

僕の肩をそっと抱き寄せたお祖父様に、突然、頭を撫でられた。更に「それに、そのあかしが、お前達の両目なんだ。棕矢そうやと恭は〝二人でひとり〟なんだよ」なんて、明るい声で言ってくれるから…びっくりしたけれど、その前向きな言葉に、僕の気分も前向きになる。

……本当に、おじいちゃんの言動は、いつも「魔法」みたいだ。


術を遣っているわけじゃないのに、僕の心を、こんなにも楽にしてくれる…。


……僕の憧れで、大好きな優しい、おじいちゃん。


自然と、口角が上がっていた。僕の表情に安心したのか、お祖父様が立ち上がる。そして「そろそろ寝なさい」と電気を消して、部屋から出て行った。


「…誇っても…良いんだ」

ベッドに寝転び、ひとり噛み締める。


……よし。ちょっと元気出た。あと、少し自信を持てた気がした。

よほど嬉しかったのか、急に涙が出そうになって、目を閉じた。


「おやすみなさい」

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