18 棕矢◆碧と金の瞳

〝鮮やかな夢〟は一瞬にして、白い霧に呑み込まれた。


……霧?


棕矢そうや!」


あれ?

祖父様じいさまが呼んでいる気がする…。

どうしたんだろう?


「棕矢…棕矢! おい! しっかりしなさい!!」


うん?

僕は大丈夫だよ…?


どうして、そんな辛そうな顔してるの?

ねえ! それより、お祖父様!

あのね、恭が! 本当に、僕、恭に会えたんだよ!

……この時、僕が自分に何が起こっていたのか、知るよしもなかった。


  ***


気付くと…僕は、お祖父様とお祖母様ばあさまの寝室で、寝かされていた。

窓のカーテンは閉め切られていて、朦朧とした頭では、時刻が判らない。

仰向けのまま視線だけで部屋をざっと見渡したけれど、お祖父様達は、部屋ここには居ないみたいだった。

「ん…?」

ふと手に重みがあって、見ると〝妹〟が手を握っていた。小さな両手は〝前〟と変わらずに僕の左手を、ぎゅっと握っている。そして、僕と同じベッドの上で眠っていた。服は、最初に見たワンピースではなく、小花柄の寝間着になっていた。それから見た事のない小さい髪飾りを付けていた。小さな鉱物いしが付いた髪飾り。ああ、鉱物が付いているってことは、お祖父様が作ったのかな。何となくそう思った。


……計画プロジェクトは成功したって事なのかな。


今、恭が目の前にちゃんと居て僕に触れている事が、まだ夢みたいで…少し不安になる。けれど。

「…あ、手。ちゃんと、あったかい」

とても心地の好い、安心感。また少し眠くなる。

「んん」

恭がもぞもぞと動く。そして、ゆっくりと瞳が開いた。


……え?

僕を捉えた真ん丸の二つの瞳は〝違った〟んだ。

違和感しかなかった。

だって「…」

正直、不気味にも思ってしまう光景に、悲鳴すら上がらなかった。

だって元々…恭の瞳の色は、僕と同じ色で。お祖母様の青緑に近いけれど、違う色で。そうかと言って、お父様とお祖父様みたいな綺麗な碧色ともちょっと違う〝独特な碧色〟だったから。

よく周りの人達に「兄妹で、目の色がそっくりね」って言われていた。

でも、目の前で僕を見詰めている色は、違う。


〝この子〟の左目は、変わらず〝僕達の碧色〟だった。

でも、右目…右目だけは違う…〝金色〟みたいな濃い黄色だったんだ。


「何で…」

分からなかった。理解なんて出来なかった。

本当に、この子は恭なのだろうか。なんて疑ってしまう自分が居る。そんな事を思ってしまう自分が嫌だった。


「どうして…」

言葉が、これしか出てこない。


……僕が寝ている間に、一体、何が起こったんだ?


困惑する僕に、いつの間にか起き上がった恭が抱きついてくる。

僕は今までと同じように、小さな軽い身体を抱きかかえる。

瞳以外は何も変わらない、記憶の通りの恭なのに…。


なのに…。


僕の不安そうな表情のせいか、抱き着く恭の腕に力が込められた。ぎゅっと強く。

だから僕も強く、でも優しく抱き締め返す。

「お兄様」小さな声。久し振りの声。待ち焦がれた、大好きな妹の声。

複雑な心持ちで、恭の肩に顔をうずめる。ふわふわの髪が頬をくすぐる。

きっと、もう一度、顔を上げたら「さっきのは寝ぼけていただけで、ただの見間違いだった」って事に…

「駄目…か」

ほんの少しの前向きな期待は、一蹴いっしゅうされた。

僕の胸元に頬を押し付けて抱き着いたままの恭は、まるで人形のように動かない。

けれど微かに聞こえる小さな吐息が、僕の冷静さを保たせていた。


ガチャ


急な物音に僕は飛び上がり、反射的に恭の事を強く抱き締めてしまった。

「お兄様…痛い…」小さな声が聞こえる。

「あ、ごめんな」

「ううん。大丈夫よ」

「起きたか」

声がした。今の物音は、お祖父様がドアを開けた音だったらしい。

「お兄ちゃんに話したい事があるんだ」


お祖父様は、真剣な目を、僕達に向けて言った。

……最近、真剣な難しい話ばっかり。らしくもなく、いじけたくなった。


僕達が起き上がり立とうとすると、お祖父様じいさまは「棕矢そうやは、ここで良いよ」と制した後、「恭は、ちょっと、おばあちゃんの所で待っててくれるか?」と恭を見た。

始め、僕の服の裾を強く握り締めて動こうとしなかった恭だが、めくばせして軽く笑い掛けると、少し躊躇ためらった後に「はい」と、ほんのちょっぴり寂しそうな表情を残して、部屋から出て行った。お祖父様は最初に「身体の具合はどうだ? 大丈夫か?」と訊いてきたので、肯定を頷きで示すと話し始めた。

「棕矢。気が付いていると思うが、恭のの事だ…」

「はい」


……やっぱり。


「まず」

お祖父様が僕に小さな鏡を手渡し「顔、見てごらん」と、少し苦しそうに眉根を寄せた。訳も判らず、恐る恐る鏡を覗くと…途端、息が止まり、皮膚が粟立った。


鏡が映し出したのは、異様なものだった…自分の顔の筈なのに、自分じゃないみたいだった。


……なぜなら。

僕のも、変わっていたから…〝恭と同じ色〟に。

唯一、違ったのは、彼女いもうとと色は同じでも、それが左右反対だった事。


僕が固まったまま無言でいると、お祖父様は静かに切り出した。

それは、まるで作られた物語を聞いているみたいで…

声は聞こえていても、最初に聞いた時は、きっと半分も理解していなかったと思う。

聞こえてきた断片的な話を繋げ、更に何度か、お祖父様に確認をして、ようやく解った事……


それは、こんな内容はなしだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る