第2話 思ってたのと違う


「お父様、なんであんなのと婚約させたの!?」


 お茶会から逃げ出した私は、お父様の執務室に飛び込むなり抗議した。渋面を作ったお父様は、ため息をついて額に手を当てる。


「おまえが『イケメンなら誰でもいい』って言ったからだ」


「誰でもいいとは言ったけど、本当に誰でもいいとは言ってない!」


「おまえの話はわからん。婚約を結んだからには責任持って面倒を見なさい」


「ペットじゃないのよ!?」


 っていうかお父様、相手が変人だと知ってて婚約させたのね!? ひどい!


「変人同士でお似合いじゃないか」


「私は変じゃないわ!?」


 ひどいだとか婚約者を変えてだとかいろいろ抗議をしたけれど、また家令に執務室を追い出された。



  ◇



 気を取り直して考えよう。婚約者はゲットしたのだ。それ以外に必要なものといえば、そう! 一度破滅したあとで無双するための特技だ。私だって転生者。特技の一つや二つくらい――!


 一つや、二つくらい……?


「あれ? 私の特技って何だろ?」


 特に思い当たらなかった。きっと私がまだ気づいてない、なんかこう、凄い感じの特技があるに違いない。だって私、転生者だし。手当たり次第に試せば何か見つかるっしょ。


 まずはお勉強……は、本を開いたら難解すぎて秒で寝た。神様も転生ついでに知能チートくらいつけてくれればいいのに。


 それなら武芸――は、剣もナイフもすぐに手からすっぽ抜けてしまい、「頼むから刃物は一生持たないでくれ」と指南役に懇願された。


 淑女しゅくじょらしくお裁縫。ハンカチに刺繍をしたら、お母様に「あなたの『枠に収まることのない芸術』はね、そっとしまっておきましょうね……」と力のない声で言われた。


 料理をしてみたらお父様とお兄様がお腹を壊した。絵を描いた時は、絵の具のついた靴で歩き回ってしまい、「家はおまえのキャンパスではない」と家族みんなに怒られた。他にもいろいろやったけど、いろいろだめだった。


 あっ、せっかく異世界転生したのだから、魔法は? 魔法なんかいいんじゃない!? お父様に「魔法を習いたい」とお願いしたら、「おまえは十三にもなってどうしてそう夢みたいなことを……姉達と同じように育てたのに……」と泣かれた。ええーっ、この世界に魔法はないのー?


 あれこれ試したけど特技は見つからないまま、私は貴族王族の子息令嬢が通う学校に入学した。婚約者のファサァ……じゃなくて、エモートと共に。



   ◇



 学園に入学して、はや半年。


「どうして正ヒロインが見当たらないのっ!?」


 私は困っていた。学園の生徒たちは王族貴族のみ。特別なうんたらかんたらで入学してくる平民はいない。なんでいないの!? 貴族王族の中に混じる平民なんて、ヒロインの定番じゃないの?


 しかももう一つ困ったことになっていた。


「やあベイビー、ファサァッ。今日もいい天気だね、ファサァッ」


 名前を覚えるのを諦めてファサァと呼ぶことにした婚約者の声を聞くなり、私の心臓が早鐘を打つ。彼の姿を見ると体温も脈の速さも上がった。おかしい。この動悸はおかしい。呪いだわ。『君を愛することはない』テンプレの呪いだわっ! いや台詞だけでテンプレっておかしいけど!


「出てこなくていいわよ。あんたにはね、卒業パーティで婚約破棄してもらうんだから!」


「ボクが? どうして?」


「『真実の愛』を見つけて私が邪魔になるからよ!」


「はっはっはっ、ファサァッ。それはコントのネタかい?」


「私は芸人じゃないんだわ」


 じろりと睨んだけれど、ファサァは爽やかに笑うだけで流した。……いやおかしいな。なんでこんな変な子の笑顔が爽やかに見えるんだろう。しっかりしろ私!


 正ヒロインを『それっぽい設定の子』で探すことを諦めた私は、『ファサァに近づく女の子』から正ヒロインを見極めることにした。でも、ファサァに言い寄ってくる子はいなかった。


 ファサァは顔はいいし、学内テストでは常に上位五位以内だし、武術の腕もすごい。家柄だって侯爵家と悪くはない。スペックだけならモテるはずなのだ、ファサァに代表されるおかしな言動さえなければ。「いい奴だけど変な奴」として、男子とは仲良くやっているようだけど、女子からは動物園の珍獣のように遠巻きにされている。


 これでは困る! 断罪イベントが、私の物語が始まらない! 仕方がないので、日直だとか落とし物を拾っただとか、ちょっとした用でファサァに話しかける女の子に対して強く当たろうとしたけれど、


「誰も取らないわ、安心して」


「とてもお似合いよ」


夫婦めおと漫才を一生やっててくださいな」


 周囲から生暖かい目で見られるだけだった。違う。思ってたのと違う。ファサァはファサァで、


「やぁベイビー、エキセーントリックな文化祭は一緒に回ろうじゃないかファサァッ」


 とか、


「今度のスクールパーティではボクにエスコォートをさせてくれたまえっ」


 とか言って、イベントのたびに誘いに来る。なんでなん。


「他の子を誘ってもいいよ? ほらっ、なんかいい感じの子とかいないの!?」


「はっはっはっ、パーティに婚約者をエスコォートするのも、他の女性によそ見をしないのも常識じゃないかファサァッ」


「常識あるやつは『ファサァッ』なんて言わないんだわ」


「はっはっはっ」


「聞けし!」


 ヒロインが転校してくる、または、まだ入学していない下級生がヒロイン、という展開に望みを託していたのだが。


 私とファサァは卒業と同時に結婚することになった。



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