【完結】悪役令嬢になろう!~『君を愛することはない』テンプレの呪いは呼んでません!~

夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」2巻発売

第1話 悪役令嬢になりたいの


『ほにゃらら嬢、貴女との婚約は破棄する!』


 と、いう台詞から始まる悪役令嬢の物語が大好きだった私は、寝食を忘れて本を読み続けた結果、餓死したらしい。なぜそれを知っているかというと、転生前に神様にそう説明されたからだ。


『次は悪役令嬢になりたいわ! ねえ神様、テンプレな感じの転生でお願い!!』


『悪役令嬢好きが過ぎて死んだんじゃぞ!? 少しはりんか! そんな都合よく転生させられるわけなかろう!』


『神様ならできるっしょ。ねぇーーーおーねーがーいー!』


『しがみつくなぁッ!!』


 そんなやりとりがあって、『頑張ってはみるが期待はするな』という言葉とともに、私は次の生を受けた――と、いうことを、十三の誕生日に思い出した。


 ピエニャ・パオール、十三歳になったばかりの侯爵令嬢。物語の原作……には、特に思い当たるものがないけれど、神様に願ったのだから、きっと私は悪役令嬢予定のキャラに違いない! 多少違ったとしても、侯爵令嬢なら悪役令嬢になれるっしょ。だって同じ『令嬢』だし。ありがとう神様!!


 悪役令嬢といっても色々あるけど、私が好きな流れは三ステップ。


 一、正ヒロインをいじめて婚約破棄される。

 二、一回破滅する。

 三、なんやかんやあってイケメンと幸せになる。


 よし、正ヒロインが誰かは知らないけど、私の婚約者に近づく女をいじめて婚約破棄されればいけるっしょ――と、いうところまで考えて気がついた。


「……あれ? 私に婚約者なんていないね?」


 なんてことだ。これでは物語が始まらないじゃないか! そもそも十三にもなってまだ婚約者が決まっていないのはどうなんだろう? 姉二人はとっくに相手が決まっていた歳だ。まったくお父様ったら、三人目ともなると手を抜くんだから。


 とにかく、婚約者がいないなら作るしかない。


「お父様! 私、婚約者が欲しい!」


 大声とともにお父様の執務室の扉を開け放つ。デスクに座っていたお父様と、本棚の前に立っていた家令が揃って私を見た。二人とも目を丸くしてから顔を見合わせ、お父様だけが私に向き直る。


「ピエニャ、急にどうした」


「私も十三だし、そろそろ婚約者が欲しいの。とびっきりのイケメンで、後から『真実の愛』を見つけて婚約破棄してくれそうな人がいいわ!」


「何を言っとるんだおまえは」


「それが『お決まり』なのよ。そのあと一回破滅して、なんやかんやで別のイケメンと幸せになるの!」


「何を言っとるんだおまえは……」


「大丈夫よ、任せといて。だって私、転生者だし! なんかこう、すごいチートとか持ってるのよ。それが何かは知らないけど!」


「……よし、わかった。おままごとの話なら後で聞こう」


「私を何歳だと思ってるの!?」


 心の底から抗議したけれど、お父様は「仕事の邪魔だから出ていきなさい」と、私を追い払うように手を振った。お父様のデスクに近づこうとしたけれど、家令に抱えられて連れ出されてしまう。


「お父様、イケメン婚約者よ! 誰でもいいから、ぜっっっったいイケメンを見つけてきてよね!!」


 念押しとして叫んだけれど、お父様は自分の額を押さえていて、私を見てはくれなかった。



   ◇



 私の婚約者が決まったのは、それから二ヶ月後のこと。私と同じく侯爵家の人間で、三男坊。なんだ、お父様もやればできるんじゃん!


 彼が侯爵家うちまで挨拶に来てくれると聞いたので、お茶会の用意をしてウキウキで出迎えた。婚約破棄されるまでは彼に想いを寄せてるふうでいかなきゃだけど、まあ、うん、イケメンでお願いしたし何とかなるっしょ。


「やあ、こんにちは。君がピエニャ? ボクはエモート・ティコンだよ。よろしくね」


 そう言って挨拶をしてくれた男の子は、間違いなくイケメンだった。金色に光る長髪はサラサラのストレート。青い目も美しい空色で、「うっひゃあ海外の子役かよ……」という感想が思わずもれる。


 でも、


「ファサァッ」


 と彼が髪を手で払ったので、「おん?」と真顔で呟いてしまった。


「ベイビーとは同い年だと聞いたよ。ファサアッ。次の春には同じ学園に入学だね。ファサアッ。とても楽しみにしているよファサアッ」


 ファサァうぜえ!!


 効果音を自分で口にしながら何度も髪を横に払う少年。子供だということを差し引いても普通にウザい。お笑い芸人でもそんな謎ネタやらないぞ?


「ファンタースティックかつゥワンダフォーな学園生活になるといいねはっはっはっ」


「お父様、これは無理。好きなフリすら難しい」


「こらッ!!」


 作り笑いを諦めた私の上に、お父様のげんこつが降ってくる。痛い。でも無理。いくらイケメンでもこんな変人は無理。なんで英語交ぜて喋るの? 世界観どうなってんの神様!


 ていうか、わたし、コレに近寄る女を「私の婚約者に近付かないで」って言っていじめるの? コレに? 言い寄ってくる女? い、いるか? そんな女、いるのか……っ!?


 頭を抱えた私を見て、彼が笑った。


「ふふ、言ってしまったねファサアッ」


「な、何を?」


「知っているかいファサアッ。婚約者や妻に『君を愛することはない』という主旨の言葉を口にした者はねファサアッ、その相手を愛してしまうのだと社交界でもっぱらの噂だよファサアッ」


「そっちのテンプレはお呼びじゃないんだわ」


「本当に嫌悪していた相手でも百パーセント愛してしまうという、魔法の呪文なのさファサアッ」


「それもう呪いじゃんよ」


 駄目だ。こいつヤバそうだから、さっさと追い返して別の人を探してもらおう。そんなことを考えながらお父様をちらっと見上げたら、


「よし、相性は良さそうだな」


「どこを見てそう思ったの?」


「じゃあ、あとは二人で仲良くやってくれ」


「待って待って嘘でしょ!?」


 お父様はさっさと仕事に戻ってしまい、私はぽつんと残された。いや、正確には茶会の給仕をしてくれる使用人さんたちも、ファサァ、じゃなかった、エモートの従者さんたちもいるのだけど、心は孤独だった。……だめだ。ファサァのインパクトが強すぎて、名前の前にファサァが出てくる。


 出された紅茶を急いでガブ飲みし、お茶会は即終わらせた。



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