第20話 緊急ミッション:人気ノ女子グループト黒歴史ヲ共有セヨ 

「よっちゃんおつかれー今日も楽しめた?」


 トイレに行く天束さんと別れて教室に戻ってきた僕。そこへ僕を見放した焦げ茶髪のアホが、能天気な声で話しかけてきた。


「お陰様でな」


「あれ?浮かない顔だね。なんかあった?」


 ほんっと勘が鋭いなこのアホは。


「天束さんのね、今まで気づかなかった黒歴史が発覚しちゃって」


「黒歴史?」


「いや、その、天束さん、それで心折れちゃったみたいで、なんとかしたいんだけど……」


 正直、僕は天束さんに寄り添うことで精一杯だ。


「よく分からんけど、ひめちゃんが黒歴史作って落ち込んじゃったってことでおけ?」


「まあそんなとこだ」


「じゃあさ、五時間目にみんなで『恥ずかしい思い出打ち明けちゃおうの会』やろうよLAINで!ちょうど日本史だから当てられる心配ナシ!」


「えぇ!?」


「それならひめちゃんの傷も共有できるだろうし、LAINだと恥ずかしくないでしょ?」


「いや、まぁ……そうか?」


 黒歴史を暴露するってのは気が引けるが……周りにも恥ずかしい思い出のある人がいると認識できれば、天束さんの傷も癒えるかもしれない。ちなみに日本史の教師は板書を書いてひとりで延々と話し続けるタイプの人なので、全く指名されないどころか天束さんにも「寝れる」と定評のある先生だ。


「よっちゃん、LAINグループ入れるね」


「えっ、うん」


 待って湊たちのグループラインはいっちまっっっっっっっっっっ!!!!!!


 と、トイレから戻ってきた天束さんと遭遇した。


「あっ、ひめちゃーん」


 天束さんは湊に話しかけられても顔を俯けたままだ。背中に突き刺さる通行人の視線にビクビクと体を震わせている姿は、まるで大都会の喧騒に正気を吸われた田舎者ってカンジだな。

 

「天束さん、汚れはちゃんと落としたよね?」


「もうわかってる!」


「ねぇねぇひめちゃん。次の授業中、みなたちと恥ずかしい思い出トークしない?」


「えっ、あっ、うん……うぇ?」


 *


 さぁ始まりました。恥ずかしい思い出打ち明けちゃおうの会(黒歴史暴露会)inLAIN。五時間目そっちのけで先生に見つかるという緊張感の中、僕らは机の下のスマホを凝視し、各々の黒歴史を打ち込みます。


『(湊)じゃあまずはわたしね!そーだなー』


「気の抜けてる」が擬人化したような湊でも黒歴史と自覚する出来事あるんだな。本当に世界は広い。


『(湊)中学の頃だったかな〜?体育のバスケの試合でわたしが無双しちゃった時があるんだけど、いやまあ大体の試合無双してたんだけどね♪』


 マウント大会を開いたつもりはないぞ。


『(湊)でもその試合、みながベンチにいた前半で圧倒されちゃって、みなが後半出てなんとか同点まで持っていったの!』


『(天束さん)みなちゃん運動神経いいもんね!』


『(湊)同点のまま迎えた試合終了三十秒前、チームメンバーはみなならゴールを決めてくれるとみなにボールを託してくれた!その期待に応えるため、みなはボールを奪おうと突進してくる敵をスラリスラリと回避し、見事ダンクシュート決めて勝利したの!』


『(天束さん)おぉー!!(探偵っぽいキャラがびっくりしながら虫眼鏡でこちらを覗いているスタンプ)』


 天束さん、最初は乗り気じゃなかったみたいで湊の強引な誘いに泣く泣く参加してたけど、やっぱ活性化するんだな。


『でも、悲劇はここからやってきた。リングに体重全乗せした瞬間、バキッ!って音がしてみな真っ逆さまに落ちちゃったんだ!』


 あらら、落ち方が世界一ダサかったとか?


『(湊)その時にね、落下した瞬間にひめちゃんバリの絶叫上げてみんな笑われたの恥ずかしかったなー。同時に体重バレしたしもう最悪(=゚ω゚)ノでもリングが折れたのは老朽化が原因だったんだけどねー♪』


 おいやめろ!天束さん今傷心してんだぞ!この会の趣旨分かってんのかよお前が主催者だろ!!


『(天束さん)絶叫って?』


『(湊)あっ、違くて!みなちゃんよろー!』


 同時にごめんね!と頭を下げるサカバンバスピスのスタンプが送られてきた。鳥羽さんに後のこと丸投げすんなアホ。


『(鳥羽さん)とりあえずみなは後でひめに誤解解くこと。私はこれと言ったものはないんだけど、でも敢えて挙げるとすれば』


『(天束さん)誤解ってなに???』


 鳥羽さんは黒歴史を自覚する出来事があること自体が驚きだな。


『(鳥羽さん)これも湊と同じ中学の時なんだけど、テスト中なのに趣味に没頭しまくったせいで、全教科別の範囲を勉強してきちゃったことがあって』


 勉強を疎かにしたならあり得るけど、そんなことある?


『(湊)えーそれいつ気づいたの?』


『(鳥羽さん)前日に気づいて、徹夜で猛勉強してロスを取り返したの。それでも失った分は取り返せなかったけどね』


『(湊)じゃあクラスの順位どれくらいだった?』


『(鳥羽さん)覚えてないけど、クラス十位くらいに入れたか入れてないか、だったかな』


 謎は残るが……前日に徹夜だけでクラス十位以内は秀才すぎる。


『(鳥羽さん)その日から大事なことはメモしとくって心に決めた』


「そんなの黒歴史じゃないもん」


 隣で天束さんが呟いている。ここは僕のターンで本物の黒歴史ってやつを見せてやらなければ。安心しろ天束さん、僕には泣く子も黙るとっておきの黒歴史があるぞ。


『(湊)じゃあ次よっちゃん!』


『(僕)僕のはちょっと長くなるぞ、心して聞いてくれ』


『(湊)ラジャー!(どこからか生えた腕で敬礼するサカバンバスピスのスタンプ)』


『(僕)中学三年の頃、中学校最後のバレンタインデーだからってクラスの女子がクラスの男子全員にチョコを配ろうって盛り上がった時があったんだ。しかも全員だから日陰者の僕も含まれてる。そんで僕は毎晩腹踊りするくらいうっきうきになりながら当日を待ったんだけど』


『(湊)ほ、ほぅ』


『(僕)なんと当日、女子たちから二十個以上もチョコをもらってしまった』


『(湊)マウント?』


『(鳥羽さん)マウント?』


 天束さんが「マウント?」と言いたげな横目で僕を睨んでいる。

 まぁまぁ待てよ、恥ずかしいのはこれからだ。


 くっ、あの時の羞恥心を思い出して指が固まってしまった。

 ええい動け僕の指!!!天束さんのためだ!!!!!


『(僕)予想以上の収穫で調子に乗った僕は即帰宅。近所の祖母の家に凸ると、土下座で一年分のお年玉を前借りし、ありったけの金を準備した。そして……』


『(湊)そして?』


『(僕)ホワイトデーに配ってくれた女子全員に……ゴティバあげました』


 あれ?みんなの反応が薄い?個人的にトップクラスの黒歴史なんだが?

 非常に失礼だが、この三人はチョコを渡す経験とかしたことなさそうだもんな。


『(湊)なんでそれが黒歴史?みなからしたらちょっとの出費でゴティバくれるんだし棚ぼただけど?』


『(僕)いや、今思うとめっちゃ恥ずかしいんだよ!調子乗りまくってたなって!向こうは感情0%の義理も義理だろ?僕が渡したの感情200%だぞ!!「何コイツ必死すぎない?童貞かよキモ!」とか思われてそうじゃん!!!」


『(湊)じゃあ来年チョコあげるからゴティバ返してね!』


『(僕)お前はうますぎ棒な』


『(湊)ひど~い』


 やべぇ、渾身の一撃放ったのに天束さんはまだ僕を睨んでいる。


『(湊)最後、ひめちゃんGO!!』


『(天束さん)多分、あたしのは共感性羞恥ヤバいからみんな心して聞いてね』


 本当の黒歴史ってのを見せてやるって自慢げな顔だな。なんで黒歴史で胸張れるんだ。


『(天束さん)小学四年生の頃、担任だった先生が唐突に社会の宿題出すぞーって言ってクラス中が騒めいた時があったんだけど。たまたま最前列だったあたしに「範囲を決めるから問題集を見せてくれ」って手を差し出してきたの』


『(天束さん)そしたら、大して仲良くもなかったクラスメイトたちが「問題集渡すな!」って後ろで懇願してくるの。前の先生には「いいから見せてくれ」と急かされ、後ろからは「渡すな」って声が飛んできて』


 ま、なるほど。先の展開は僕だからこそ予想できるぞ。


『(天束さん)それであたし混乱しまくって、目ェぐるぐるになりながら「宿題ないと死ぬ!」とみんなの前で叫んで、先生に渡してしまいました。その後のクラスメイトの目が今でもトラウマ』


 共感性羞恥で胸が痛くなると同時に、一文字読むだけでストレスがどっと肩に振りかかってくる長文だ。


『(僕)そ、その後どうなったの?』


『(天束さん)避けられたよね』


『(僕)だよねぇ……完全に何言ってんだコイツ状態だもんね』


『(天束さん)あとね、小学三年生の時の話なんだけど。あたし人付き合い苦手なくせに見栄っ張りだったから、授業中めっちゃ手を挙げてたの、でも答えがほぼ間違ってて、その度にクラス中から嗤われてた。なのに、あたしなにも学ばないから続けるんだよね。それである時、クラスの陽キャ女子から『なんでそんな手を挙げたいの?』って冷えた目で言われて、そこから先生に指されることすら軽くトラウマになった』


 そこから天束さんの陰キャ生活は始まりを告げたってことだな。


『(湊)ま、まぁ小学校の時だし?』


『(天束さん)まだあるよ!中学一年のテニスの授業でね、あたしと唯一仲良くなってくれた女子とペアでボレー練習したんだけど、あたしへたっぴだから全然続かなくて途中から空気がもう地獄で』


『(湊)もういい!もういいからひめちゃん!!』


『(鳥羽さん)ひめは悪くないから!その子もきっと忘れてるよ』


 天束さんひとりが黒歴史を発信し続けていたら心は晴れんぞ。


 も、もうこれをぶち込むしかない。女子の前で暴露するのは気が引けるが、僕史上最大で最悪の黒歴史を。

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