第17話 ミッション3:学校一ノ美少女ト食事ヲ共ニセヨ 《達成度70%》

 なんとか机をくっつけることに成功した。対面にするのは目を合わせれるのが気まずかったので、机の縦枠をくっつける形だが。


 自分で言うのもなんだが、普通は男女がそれとなく机くっつけ合う場面を見れば勘違いする輩も現れるものだ。ましてや天束さんのようなクラス随一の美少女と謳われる人となら疑いようはなくなるだろう。

 それなのに誰も注目してこない辺り、僕と天束さんは正真正銘の日陰者なんだ。昨日だって僕が混ざっても物珍しそうに見てくる陽キャは誰ひとりいなかったしな。


 僕らは一言もしゃべることなく五分経過してしまった。

 参ったな、昼休みも有限だ。このまま沈黙で終わらせるわけにはいかない。

 しかし今日の僕は違う。脳内インターネットがカワイイに浸食される前に話題を漁ってきたのだ。

 この気まずさを解消するには、共通の趣味をより増やすことしかない!


「天束さん」


「ひぎっ……!?」


 ちくわの磯部揚げを口にした瞬間の天束さんが、箸の先を咥えたまま此方を向く。

「……なぁに?」


「お弁当、美味しそうだね。お母さんが作ったの?」


 天束さんは、磯部揚げを飲み込んでから応えた。


「そんな感じ。鵜方くんは?」


「僕は親が共働きだから自分で作ってるんだ。いつもシンプルだけどね、今日もそぼろ丼オンリーだし」


「あっ、いや、そんな、美味しそうだよ」


「天束さんのも美味しそうだね、お母さんは料理上手なんだろうなぁ」


「あっ、お、お母さんっていうか……」


 なんだこの無難すぎる会話は。趣味を聞け趣味を。


「ところでその、趣味とか……」


「ひ、ひとつ食べるぅっ!?」


 天束さんがどっと迫ったような顔でお弁当を差し出してきた。なんだか威嚇されているようだ。

  中身は混ぜご飯とちくわの磯部揚げ、ナポリタンにミニトマト等々、バラエティ豊富だな。よし一個貰うか。


「そ、そんなに言うなら、お言葉に甘えて」


 僕は天束さんの弁当箱から、箸の先を他の食材に接触させないよう注意しつつ、ちくわの磯部揚げをひとつ取って口に運ぶ。


「ど、どう?」


「あれ?これ冷めてるのに揚げ立てホヤホヤな触感。もしや冷凍じゃない?」

「えへへ、だよね!白子さんの手作りなんだ!」


 白子さん?


「あっ、ご、ごめんなんでもないよ」


 天束さんのご厚意により話が逸れてしまったが、本題へ移ろう。


「あの、ところでその、天束さんの趣味とか、色々聞きたいんだけど……」


「へ?」


「僕たちその、仲良くなるにはまだ情報が少なすぎるかと思ったんだ」


「う、うん。いいね。話そっ互いの事」


「まずは趣味とか?」


 文学研に所属していたので小説好きなのは分かるが、それ以外に何かあるかな?ギターとかやってたらめっちゃ萌えるんだけどな。


「小説は、昨日散々話したよね」


 話してくれたね。推理小説の神髄ってのを三十分ぶっ通しで語ってくれたね。


「他には、えっと……映画鑑賞?」


「へっ、へぇー映画鑑賞か、いいね。他には?」


「……」


「……」


 気まずぅ。


「あっ、えっ、えっと、趣味は小説と映画鑑賞、です……」

「あっ、そっ、そうですか……」

「あっ、ご、ごめん!少なすぎる、よね」

「あっ、えっ、いやいや、二つあるだけで十分だよ!僕はね……」

 

 あれ?僕もゲームとかアニメ鑑賞くらいしかなくね?

 他を探せ他を!もっとなんかあるだろ、えーと、……ダメだ、カワイイしか出てこねぇ!


「……?」


 落ち着け、僕は陰キャなんだ、ギターとかジョギングとか見栄を張る必要はない。僕が友達になれる条件は共通の話題がある人だろ。引かれたって構わない、ありのままを話せ!


「ゲームとかアニメ鑑賞、後は漫画とかたまに小説も読むよ、ラノベだけどね」


「あっ、あたしもゲームやる!アニメもそこそこ見るし、ラノベもたまに見る!」


 引かれなかったー!むしろふたりとも似通った趣味だった。

 

「へぇー天束さんもゲームやるんだ。何やるの?スニッチ?」


「スニッチもやるし、ソシャゲも少なからずやるよ」


「スニッチはなにやるの?ポコモンとか?」


「ポコモンはやったことないな。パリカとかカーピィは多少」


「へぇー僕も僕も」


「友達いないから、マルチなんてしたことないけど……」


 な、なんて返せばわからねぇ。気まずぅ。


「ぼ、僕も基本ひとりだよ、たまに妹が暇な時二人でやる程度」


「妹居るの?」


「う、うん。三歳年下の生意気なヤツがひとりね。天束さんは、一人っ子だよね」


「そうだよ」


 そんな目が泳ぎながらいいなぁって顔されても。


「天束さんは姉妹とか欲しいの?」


「羨ましくはあるけど、もうひとりで慣れちゃったから。今更姉妹で何かしようってなっても楽しめないかも」


「僕も妹がいてあんまりよかったことないから、一人っ子の方がいいかもよ」


「あっ、鵜方くんがあたしのお兄さんだったら、ちょっとは楽しめたり、するかも……?」


 なんてこと言うんだ天束さん。


「あっ、ごめん。あたしなに口走ってんだろ」


「ごめん、もう一回言ってくれないかな?録音して毎日寝る前に再生したい」


「えっ、あっ、いや、それは……えっと」


「ごめん!冗談だよ!!」


 また思ってたことを口に!天束さんテンパって目が茹蛸みたいに真っ赤になっちゃったじゃねぇか!



 昼休みもあと十分ほどになった頃。天束さんはスマホの時計を一瞥するなり急に暗くなってしまった。


「どうしたの?元気ないね」


「次の、音楽の授業が……」


 そうだった。いつもは一緒にいる湊が今日は不在。天束さんはぼっちなんだよね。しかも、次の授業では班分けという陰キャには生き地獄のようなイベントが待っているらしい。けど、こればっかりは僕も何もしてあげられないしなぁ。


「今日は何かあるの?」


「あっ、えっ、えっと、その」


「話せば悩みが薄れることもあるよ?もし僕でよければ聞くから話してみれば?」


 天束さんはすっと息を吸うと、寂しさを声に通すように話し始めた。


「一か月後に音楽の授業で音楽発表会があってね、今日は一緒に楽器を演奏するグループ決めをやるんだけど、今日はみなちゃんがいないからあたしひとりで……」


 僕は慣れてしまったが、やっぱぼっちって辛いよな。色々気まずいし、グループやペア組みでひとり余った時の羞恥心は自決を望んでしまう。


「授業には他クラスの子もいるから、あたし絶対きょどってみんなに嗤われるかもだし、ちゃんとグループに入れるか心配で……」


「分かるよ。僕も書道の授業で発表会あって、出来た作品の頑張った点とかをまとめてスピーチするんだ。周りはみんな話したことない人ばっかだし、陽キャなんてまず僕の話聞いてないから死にたい!って思うな」


「万が一グループに入れたとしても、あたし楽器得意じゃないし協調性もないから、みんなの足引っ張っちゃうのが怖い」


 やっぱり天束さんとは通ずるものがある。

 同じ陰キャだから、同じ悩みを共有できるんだ。

 だからって的確なアドバイスはできないし、音楽の授業に飛び入り参戦は無論できない。僕にできることは、彼女の痛みを受け止めてあげることしかないな。


「辛いよね。でも一緒に乗り切ろう?乗り切った時のスッキリとした感覚は格別だよ?」


「で、でも黒歴史になったら?」


「う、うーん……じゃあ今日も僕と一緒に帰らない?」


「え?」


「もしうまく乗り切ろうが黒歴史になろうが、僕に愚痴っていうか、モヤモヤがスッキリするまで話してよ?それでキミの経験を笑ったりしない。いやできない。なぜなら僕らは似た者同士だからね」


 天束さんと僕を同列扱いするのは万死に値する愚行だが、今は自分に許しを請う。これが最善の解決策かは疑問だけど、僕にはこれくらいしかできないからな。


「や、約束だよ?今日、一緒に帰るの」


「うん、約束」


 予鈴のチャイムが鳴った。僕らは机を元の位置にも度して、次の授業の準備をする。天束さんは一足早く準備ができたようで、教科書やらを抱えて教室を出ていった。


「うっ、鵜方くん、また、ね!」


 天束さんは僕に挨拶してくれた、こんなに嬉しいことはない。さっきのアドバイスが効いたのか、顔もわずかながら晴れやかだった気がする。


「うん、また」


 さてと、


 今日の話題、確保!


 *


 放課後、僕らは今日も他のどのクラスメイトよりも教室を早く出て、一緒に帰る。


「きょ、今日はどうだった?」


「最悪だった。あたしだけ最後まで残っちゃって、気を使ってくれた違うクラスの女の子が誘ってくれたの。たまたま人数もちょうどよかったしみなちゃんもそこに入ることになったんだけど」


「だけど?」


「死にたい、絶対あの子に憐みの目で見られた。恥ずかしい」


 天束さんは顔を真っ赤にして両手で隠してしまった。


「だよねぇ分かる!僕も何回もそんな経験あったよ。ひとり余った時の気まずさと憐みの目で見られた時の死にたさは異常」


「あとね、あたしカスタネット担当なんだけど、うまくリズム取れなくて演奏でも迷惑かけちゃって、でも誘ってくれた子、容姿は派手なんだけどすっごく優しくて、あたしがうまくできるまで何度も一緒に練習してくれたんだ!」


「よかったじゃん!その人に感謝しなきゃね!」


「うん、ギリギリだったけど、黒歴史にならなくて済んだ」


 天束さんはふと立ち止まった。


「鵜方くん、ありがとう」


「ぼ、僕は特に何もしてないよ?今だって話聞いて分かる~って頷いただけだし」


「ううん、あたし、『負け確』が怖くなかった。いや、怖かった、けど、黒歴史作っても鵜方くんが聞いてくれるって思うと、怖さも自分の中でちょっぴりコントロールできた」


 照れくさそうに頬をポリポリと掻きながら天束さんが言う。


 あひゅう。僕は全身の力が抜け、地面に倒れこんでしまった。


「鵜方くん!?」


「ごめん、僕のアドバイス、的外れなんじゃないかって書道の授業の間ずっと後悔してて、でもモチベになってくれたんだったら、言ってよかった、こちらこそありがとう」


「そんな!鵜方くんのアドバイスはとっても刺さったよ!」


「良かった……良かった……」


「なんで泣いてるの!?」


 泣いてるんじゃない!天束さんが眩しすぎて昇天しそうなんだよ!

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