第18話 ミッション4:学年一ノ美少女トボッチ飯ヲ共有セヨ

 突然だが、僕は基本的に朝のHRの三十分前には自分の席についている。経験上、そうしないといろいろ困ることがあるからだ。困るところというのは、陰キャなら誰もがあるあるだと思うが……


 ある平日の朝。僕は家を出た後に忘れ物に気づき、最寄駅の手前で踵を返した。そのせいでいつも乗る電車を逃し、遅刻までとは行かないものの学校には少し遅くの登校となった。


「あぁ……」


 駆け足で教室に押し入るが、案の定、僕の席は女子グループのひとりに占領されていた。


「それで昨日見たドラマが個人的に超ドはまりしちゃってさぁー、山本祐樹主演の恋愛物なんだけど」


「確か原作は人気少女漫画だよね?実写とか大丈夫そうだった?」


「そーそれね!ラストシーンとか原作屈指の泣きシーンだから心配してたんだけど、原作再現えぐくてしっかり泣いちゃった♪」


「へぇー」


 侵略者の陽キャ女子は、僕の席だというのにお構いなしに背もたれによっかかり、能天気にドラマの話をしている。


 ここで普通の陰キャなら「どいてくれ」と声を掛ける勇気もなく、授業開始までどこかの個室トイレとかに閉じ籠るのだが。

 僕はそこら辺の陰キャとは一味違う。僕の聖域を守護するためなら、相手がどんな奴でも席を奪い返す。それだけだ。


 僕は会話で盛り上がる女子グループにずけずけと侵入。仲睦まじい女子トーク中に突然僕が介入したことで、呆然とする女子たち。

 僕を異物と認識した途端、彼女たちから注がれる冷ややかな視線。僕はそんなものには屈しない、侵略者には即刻お帰りいただく。


「湊さん、そこ僕の席なので退いてくれませんかね?」


 いくら湊たちの女子トークが朝の癒しだろうが、自分の席から傍観できなければ意味がない。


「いやだ!疲れる!立ちたくない!」


 湊は駄々こねる赤子のように僕を近づけんと両腕をぐるぐる振り回す。コイツワガママか。


「わたしの席使っていいよ?美少女の席に座れるなんてご褒美でしょ?」


 フッと鼻で嗤いながら湊の席を覗くと、そこは他グループの女子たちに占領されていた。


「あの女子に声かけられる程僕に度胸があるとお思いか?」


 そもそも湊の席に僕が座ってること自体が違和感あるだろ。


「仕方ないの!よっちゃんが遅れてきたのが悪いんでしょー!」


「だからって他人の席奪っていい理由にはならんだろ」


「おねがーい!美少女が陰キャな僕の席に座ってる……ご褒美だ!とでも思って」


 なんだコイツ。美少女のくせに自分のことを美少女だと自称しやがって。まるでラブコメみたいにあざといヤツだな。

 だがな、この学校にはラブコメもおっかなびっくりの美少女が存在するんだ。


「天束さんなら一考するかもしれないがお前は論外だろ」


「ひんぎゃ!?」


 僕の後ろからしゃっくりのような奇声が僕の耳をつんざく。やっべ、天束さんいるの忘れてた。


 おずおずと振り返ると、天束さんは両手で顔を隠していた。気のせいか頭から湯気が立っているような。


「ごめん天束さん、湊を退かせるための口実だから、あんまり気にしないで」


「あっ、う、うん。わかってる」


「湊、鵜方くんが困ってるでしょ。退いてあげて」


「嫌だ嫌だ嫌だー!!!」


 ここで湊キラー鳥羽さんが出動。嫌がる湊を無理矢理に席から引き剥がす。湊はむすっと口を膨らませてラブコメみたいな「怒ってんだからね!」アピールを敢行するも、僕らは無視したので舌打ちしながら天束さんの机の前まで敗走トンズラした。


「ごめん、ウチの湊が」


「い、いいよ。慣れてる、し」


「よっちゃんのいじわる」


「湊が大人しく退かないから悪いんでしょ」


「はぁーい」


 いじける湊を戒める鳥羽さんの姿はまるでオカンだ。ようやく自席を取り戻し席に着いた僕。ほんのり暖か……やめろぃ!湊だぞ!


「あっ、よっちゃんよっちゃん」 

「な、なに?」


 湊は思い立ったようにずけずけと近づいてきて、僕の机の上にどこからか取り出したビーフジャーキーを置く。


「えっ、なにこれ」

「今日もひめちゃんのことよろしくね」

「よろしくって、一緒に帰れってこと?」

「よろしくー」


 友達大作戦、いつまで続くんだ……


 昼休み。四限目の家庭科の授業で僕は居残りを喰らい、みんなより五分遅れで家庭科室から教室に戻ってきた。


 ちなみに天束さんも居残りだった。運よく作業が同時に終わったので僕らは一緒に帰ったが、他学年の生徒もいる廊下でむやみに話すと関係性を疑われる可能性もあるので、僕らは間隔を空けてただただ気まずい時間を過ごしながら教室へ急いだ。


 しかし、そのせいで気づけなかった。僕らが昼休みに出遅れるということは、すなわち死、同然だということを。


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