第16話 ミッション3:学校一ノ美少女ト食事ヲ共ニセヨ

 昨日は湊のアシストもあり、念願の天束さんとの下校が実現できた。昨日という日は僕の人生の一ページに書き留められただろう。


 さて、今日も朝の癒しを……あれ、ひとり足りないな。


「ひめちゃんおはよー」


「おはようみなちゃん。鳥羽ちゃんは?」


「あれっ、グルチャ見なかった?」


「えっ、あっ、ごめん」


「今日風邪ひいて休みだってー」


「え?へぇー……そうなんだ」


 気の毒に天束さん。湊は天束さん以外にも友達は多いし、昨日天束さんが言ってた「負け確」を味わうことになるかもな。仮に湊が気を使ってくれたとしても、昼休みい湊とふたりだけで昼食をとるのは気まずい以外の何物でもない。


「みなも家族で用事があってね、四時間目終わったら学校でなきゃいけないんだ」


「へぇ!?」


 不憫だ天束さん。


「うぉ!?声デカいよひめちゃん!」


「ご、ごめん、モデル関係の?」


「ううん、みなもよく分からないんだけど、親戚の間でデンジャラスめななんかがあったらしくてさー、家帰ったらお父さんの実家に直行ってカンジ?」


 情報が全くもってこちらに伝わらないが、へらへらしてる湊を見る限り僕には想像つかないくらいデンジャラスな事態なんだろう。


「そうなんだ……」


 湊の話を聞いてるうちに、天束さんの顔が枯れた花のように萎れていく。その過程は見ていて滑稽だが、昨日僕に打ち明けた内容が秒速フラグ回収されそうで怖いぞ。


「じゃ、じゃあ午後の音楽は……」


「あっ!今日演奏班決める日じゃん!わたしハブられるどうしよ~」


「みなちゃんは心配いらない思うよぉ……」


 無自覚な言葉が人を傷つけるってこういうことを指すんだな。


 毎週水曜日の午後。すなわち今日なんだが、この学校では芸術選択科目というものがあって、入学時に選択した三つの芸術系教科(美術、書道、音楽)に分かれ、それぞれの授業を五六時間目の二時限に渡って実施する。

 天束さんたちのメンバーは天束さんと湊が音楽、鳥羽さんが書道だったはずだ。ちなみに僕は書道だ。何故かというと静かでペアワークが少なそうだから。


「ごめんひめちゃん!ひめちゃんが班組めたらそこにみなも入れてくれないかな?何なら今から誰か誘って班決めしとく?」

「そ、そそそそそこまでしてくれなくていいよ!悪いし!!」


 顔では全力で否定するが、内心では望んでいるだろうな。何やってんのあたしー!!と後悔するのがいつものオチだ。


「そ、そう?じゃあひめちゃんよろしくね?」


「う、うん。任せてぇ……」


 あぁ……終わったな天束さん。引き攣った笑みで首を縦に振るが、その後はこの世の終わりのように顔が枯れ果てている。


 そのままいつもの世間話、ではなく湊はニッコニコの笑顔で僕に近づいてくる。

 この前の一件から、湊は異常に僕に話しかけてくるようになった。それもその内容は天束さん関連ばかりだ。


「おはよっ、よっちゃん」


「お、おはよう」


「ちょっと話があるの、こっち来て?」


「ハァ?」


 湊に連行される形で、僕は昇降口前の用具置き場にやってきた。昇降口は登校してきた生徒でごった返しているのだが、ここは昇降口の正面にある中央階段の裏にあるので、人もやってこないしふたりっきりの場面を見られることもない。校舎裏よりも安全な場所だ。


「よっちゃん、昨日はどうだった?」


 開幕早々、湊は前置きもせずに訊ねてきた。


「お嬢様の命でどうにか任務を熟しましたよ」


「うむっ、着々と仲良くなってる~!このまま目指せ親友だよ!」


「いやぁ、そこまではいかないかな」


「ん?じゃあ恋人?」


「それはもっといかないだろ」


「まぁね~、よっちゃんにクラスのマドンナはハードル高すぎるもんねぇ」


「それはごもっともだよ」


「こうやってみなという美少女に人のいない場所に呼び出されることだってよっ

ちゃんみたいな男子にはご褒美なんだよ。喜びたまへ崇めたまへ幼馴染に感謝したまへ~!」


「本題を言ってくれないか?僕はこれでも忙しいんだよ」


「もう冷めてんな~」


 漫画アプリでハマってる漫画の最新話を一刻も早く見たいんだ。


「ひめちゃんとお昼ごはん、一緒に食べてくれないかな?」


 一緒に帰れの次は一緒に昼飯を食え、か。友達になるだけじゃ湊は飽き足らないらしい。どこまで続くんだ友達大作戦は。


「お前、昨日僕が精神すり減らしてまで一緒に帰ったのに今日も同じようなことさせるのかよ!」


「言い方酷くない?」


「いや、天束さんは悪くないんだが、いかんせん気まずいんだよ!昨日なんてお互い沈黙しまくってどれだけ必死に話題探そうと焦ったか」


 本屋までの道のり、そして店内での出来事、店を出てから駅までの帰り、総じて僕たちの間に見えない壁があるんじゃないかと感じるくらい気まずかった。

 互いにほぼ目を合わせなかったし、九割は僕から話題を切り出したしな。でもまぁ、店内の小説コーナーで好きな小説を解説してくれた時の天束さんの目はキラキラしていて、そのときだけ饒舌だったし、あの天束さんを見られたのは良かった。


「よっちゃん『友達』に慣れてなさすぎ!ひめちゃんも友達なら一緒に帰るのも一緒にご飯食べるのもフツーだって!」


「ぐうの音も出ないが」


 天束さんにあのアドバイスをした手前、安易に言い返すこともできないな。湊に言われるのが癪に障るが。


「それにひめちゃん、ぼっち飯だと勝手に泣き出しちゃうと思うの」


「そこまでぼっち慣れしてなくはないだろ!」


「お願いよっちゃん。ひめちゃんを悲しませないであげて」


 少々過保護すぎる気もするが、湊に上目遣いでお願いされたら断るもんも断れんな。


「分かったよ。天束さんと昼飯食えばいいんだろ?」


「あっ、それと音楽室にそれっぽく忍び込んで一緒に授業受けるのも……」


「バレない方が無理あるわ」


「おっけー、じゃあそういうことで、よろしくね」


 予鈴のチャイムが鳴ったので、湊を先に行かせて僕も後から教室に戻る。余計な噂が立たないようにしないとな。さて、今のうちに話題探しとくか。


「ひなちゃん!次移動教室だよね、一緒に行こ!」


「磯部さん、いつものメンツは?」


「今日鳥羽ちゃん休みだからねー」


「マジ?じゃあ行こうよ」


 湊は化学室に行ったみたいだな。僕も移動しないと。


「あれ?みなちゃんは?」


 隣の席で教科書とノートを抱えた天束さんが、一心不乱に教室をキョロキョロと見渡している。


「天束さん、湊ならもう化学室行ったよ」


「えっ?ははっ、そっか、そっかぁ……」


 あーあー天束さんの顔がどんどん萎れていく……湊のやつ、こっからかよ!


 *


 昼休み、湊は予告通り学校を早退した。 


 教室は陽キャたちがこぞって適当な席をくっつけ合いわちゃわちゃと話し出すので、居酒屋みたいに騒がしくなる。ぼっち飯は僕と天束さんを含む一部の陰キャのみ。なんか湊と鳥羽さんたちと一緒に飯食ったのが懐かしいな。


 さて、僕は湊の使命を果たすとするか。隣の天束さんはちくわの磯部揚げを頬張りながら右手のスマホを凝視しているが、その表情は今にも涙ぐんでしまいそうなくらい淋しげだ。

 泣き出すって本当なのかよ……そうだよな、天束さんにとって久しぶりの『負け確』だもんな。


「天束さん、一緒にご飯食べない?」


「えっ?」


 天束さんは思考停止してしまった。ぼっち飯に慣れ過ぎて誰かと一緒に飯食った経験がない陰キャみたいなだな。


「いや、せっかく友達になったから、いいのかなって」

「……っ」

「おーい、聞いてる?」


 あれ?天束さんがハシビロコウみたいに口開けたまま動かなくなっちゃった。そんなに誰かとランチしたことなかった!?昨日までずっと湊たちとランチしてたよね!昨日なんか僕も混ざってたよね!


「やっぱりひとりの方が良かったかな?ごめんね厚かましくて」

「……ごめん」


 やっと喋ってくれたけど、今度は頬を赤らめて俯いてしまった天束さん。


「『負け確』だから、恥ずかしくて……」


 そんなこと気にしてたのか。天束さんらしいな。


「ぼ、僕も揶揄ってるわけじゃないからね!なんなら僕だって普段『負け確』だし。嫌だったかな?」

「……食べよっ」


 待って無理はにかむ天束さんカワイすぎ、天に召される。


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