第14話 緊急ミッション:学校一ノ美少女ト帰リヲ共ニセヨ
陰キャっていうのはさ、心の中で自分が陰キャってことは理解しつつも、他人に決めつけられたら否定したくなる種族なんだ。ましてやあんなはっきりと周りに聞こえる声で宣言されては……
「い、いないじゃん」
二年四組の教室を抜けて、駆け足で屋上前の扉に来たけど、そこに天束さんの姿はなく、使い古された椅子や掃除用具が立てかけてある倉庫のような空間が広がっているだけだった。心なしか空気が澱んでいるな、天束さんが好みそうな場所だ。
他に思い当たること何にもないし、聞き込みするしかないかなぁ。
と、ピロンと携帯の通知がなった。湊からのLAINだ。
『ひめちゃん教室戻ってきた!』
なんだよ入れ違いか。仕方ない教室戻ろ。
教室までの道中に予鈴がなったので、戻ってきた頃にはクラスの大半が机を解体していた。もちろん湊たちも。
天束さんは自分の席でスマホに没頭している。周りに湊と鳥羽さんの姿はない。彼女たちも自分の席にいた。鳥羽さんは勉強してるみたいで湊は机に埋まってる。反省してるみたいでよかった。
湊あたりがやってくれたのか、僕は定位置に戻った席に座る。隣の天束さんがやけに僕をちらりと見つめては目を逸らしている。何か話したいんだな。
「湊はちゃんと謝った?」
「えっ、あっ、う、うん」
「よかったよ。悪意はないと思うけど、アイツ空気読めないからたまにあーやって爆弾発言しちゃうんだ。僕が言うのもなんだけど、許してあげてくれないかな?」
「うん。あたしもみなちゃんの性格は理解してるから」
そうだよな。一年の文学研に入部した時からずっと友達だもんな。
「……あたしのこと探しに行ってくれたんだよね」
「気にしなくていいよ。鳥羽さんから聞いた定位置にいなかったけど、どこにいたの?」
「あたしも最初はそこ行ったんだけど、なんか屋上に人がいる気がして、バッティングしたら心臓止まりそうだったから帰ってきたの」
心臓止まりそうって……ん?この学校って屋上立ち入り禁止じゃ?
「じゃ、じゃあ心の整理ついてないよね。悪意はなくても、湊にあんなこと言われたんだし」
「そんなことない。全部あたしのせいって思ってるから。思ってて治せないあたしが悪いって」
天束さんがシュンっとしてしまった。前髪越しのマリンブルーの瞳は今にも雨が降り出しそうに潤んでいる。この純真無垢なあどけなさが最高にカワイイのだが、長引かせてはいけないと僕の本能が告げている。
「治せないんなら無理して治さない方がいいと思うな。引き摺ってるようだと余計自分を責めちゃいそうだし。自分は陰キャだ!って開き直ってもいいと思うよ。僕なんかそうして友達ひとりもいないわけだけど」
僕は励ましがてら唐突に吐いた自虐に苦笑する。
「う、鵜方くんは、いるじゃん……友達……もう『負け確』じゃないもん」
え?
「負け確?」
「あっ、ご、ごめん……聞こえてた?」
「バリバリ」
「ほ、ほら、みなちゃんとか、それに、鳥羽ちゃんとも仲良くなれたみたいだし!」
「湊はただの幼馴染だし、鳥羽さんとはビミョーだけど。でも、天束さんとは友達になれた気がする」
「ひひゃ!?」
あっ、やばっ。僕なんてことを。
「ご、ごめん。図々しかったよね」
「い、いやいい。あたしも、そんな気するし」
それっきり天束さんと話すことはなかった。
*
放課後、僕はいつものように、早過ぎて人もまばらな昇降口で靴を履き替えていた。そんな僕のブレザーを、誰かがクイっと引っ張った。
「よっちゃん」
「湊?文学研はどうしたの?」
引き留めてきたのは湊だった。なんだか普段の能天気な湊とは違ってやさぐれてるな。心なしか湊とは思えないくらい声も暗いし。さっきのが相当本人の中に響いてるんだろう。
何を血迷ったか、湊は僕の右手を取って握った。
「なっ!?」
数秒で手を解くと僕の手には三つほどのチューインガムが握られていた。
「なにこれ?」
「お詫び」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
「待って。もうすぐでひめちゃんが来る」
「天束さんが?」
「みな部活だから、あとはよろしく頼むね」
そう言って湊は逃げるように去ってしまった。入れ違いに正面階段から降りてきたのは天束さんだ。ほんとに来た。
天束さんはヘッドホンをしつつスマホを操作していて僕に気づいていない。それにしても危ないな。階段でスマホに熱中してたら階段の滑り止めに引っかかってコケるぞ。
「あっ……」
僕の心の声が見事なフラグとなり、天束さんは滑り止めに足を引っかけた。そのままコケ──どころかあの態勢は落ちる!!!
僕は反射的に靴を脱ぎ捨て、階段に猛ダッシュした。
「ぶひゃっ!?」
天束さんは女の子とは思えない奇声を上げるが、そこはもう空中。受け身を取る暇もなく、天束さんは目を瞑ってしまった。
僕は階段を二段飛ばしで受け止められる位置まで駆け上がる。
と、届いてくれ──!!
「天束さん、こっち!?」
「へぁッ!?鵜方くん!?」
「うおっ!?」
僕は天束さんを抱くようにして受け止めた。だけどその反動で僕まで体勢を崩し、後ろに──ッ!?
「やっ、やべっ!!」
「う、鵜方くん!!!」
ぐっ──ッ!!
あ、あれ?
転げ落ちてない。
僕の背中を誰かの手が支えているような感覚。
天束さんを解放して振り返ると、そこには男の顔があった。
「危ねぇだろ」
何だこの人身長高すぎだろ。僕より数段下にいるのに160センチ後半の僕と顔の位置がほぼ一緒だ。
いや、僕はこの人を知ってる。
ワイシャツを着崩し、某宇宙人のように赤髪を逆立てた少年。同じクラスの
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます!」
僕たちは二人同時に頭を下げると、五十鈴川くんは何も言わずに去ってしまった。
ちょっと気まずい雰囲気になったので、僕は急いで昇降口に舞い戻り、放っておいた靴を履いた。後から降りてきた天束さんは、ヘッドホンを外していた。顔も前髪に隠れて良く見えない。
心配だから待っていると、天束さんは上履きのまま僕のいる場所までズンズンと迫ってきた。
「吐き替えないと汚れるよ?」
そして、今度は僕に深く頭を下げた。
「ごめん、なさい」
「い、いいよ。次からは気を付けてね」
「あたし、鵜方くんに迷惑かけちゃって……ごめん……ごめん」
だけどその声は枯れていた。床に水滴の跡がひとつふたつ。
「天束さん?」
「ごめん、ごめん……」
ごめん、ごめんと唱え続ける天束さんに連動するように涙がポタっポタっと零れ落ちる。
「顔を上げてよ。天束さん」
僕が優しく言うと、天束さんはコクっと頷いて顔を上げた。でも、少しだけだ。その瞳は前髪に隠れて見えない。泣き顔を見せたくはないのだろう。ここで『天束さんの泣き顔、見たい』と煩悩に呑まれるほど僕は愚かではない。謝罪で泣いてしまうほどなんだから何か理由があるんだろう。
「天束さんは帰り?」
「うん。部活やめたから」
天束さんは文学研の部長に破門されたんだっけ。そしたら今の天束さんは僕と同じ帰宅部か。
湊の「ひめちゃんのことよろしく」はそういうことだったんだな。まて、ということは一緒に帰れってことか?僕なんかが天束さんと?
「ぼ、僕もちょうど帰るとこなんだー」
「そ、そうなんだ。同じだね」
気まずいな。一緒に帰ろうなんて言える相手じゃな……いやこの状況でそんな弱音吐いてる場合じゃないか。
部活時代には湊と鳥羽さんで仲睦まじく帰っていたのだろうが、退部となり、ひとりになってしまった天束さんを悲しませないために、僕は湊に託された。その使命を果たすんだ。
「じゃ、じゃあさ。途中まで一緒だし、帰ろっか」
「うひゃぴっ!?」
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