第12話 ミッション2:人気ノ女子グループト食事ヲ楽シメ

 僕の名前は鵜方頼人。陰キャを極め、陰キャを愛する者だ。


 一昨日、幼馴染の磯部湊に無理難題を押しつけられ、学校一の美少女との異名を持つ天束姫佳さんとお友達になろう大作戦を決行した。

 その結果、いろいろとややこしい出来事はあったものの、無事に天束さんと友の契りを交わすことができ、た……


 そう、あの天束さんだ。学園中から「高嶺の花」と崇められ、幾人もの漢が彼女への求婚に挑戦したかも計り知れない、あの天束さんだ。


 僕は天束さんの数少ない友人のひとりとなった。本当は夢なんじゃないかと今でも疑ってしまう。試しに大仰に頬をつねってみると、ちゃんとしっかり痛い。

 ふと我に帰ると周りの通行人から冷ややかな視線を受け取ったので、これからは気をつけようと思う。


 「天束さんとの友人関係」、それは道端を物憂げに歩く日本男児なら、誰もが喉から手が出るほど欲する名誉の称号だ。恐れながら僕はその末席に就いてしまった。これはいよいよ陰キャの肩書を外し、リア充の看板を立て掛ける時が来たのかもしれない。


 ……つうか今日エースの新刊発売される日か。帰りに寄らなきゃ。


 月曜日。今日も今日とて隣の席は騒がしい。ハイスペック女子高生三人の朝の一幕は、聞いているだけで耳の保養になる。


「あっ、ひめちゃんおはよー!」


「おは」


「おはよう鳥羽さん、磯部さ……」


 天束さんは、カバンを置いて席に近づいてきた湊と鳥羽さんにいつものように挨拶を試みる。が、湊がまるで般若のような面持ちでズンズンと天束さんに接近してくるせいで言葉が途切れてしまった。

 

「ふぇ……?」


 湊は放心している天束さんの両肩をがっしりと握り、クラス中にも聞こえるような大声で告げた。


「湊だよ!みなの名前は湊!」


「わたしは詩月しづき、言いづらいから鳥羽でもいいけど」


 鳥羽さんも湊に追随して告げた。その声量は湊ほどではなく僕の耳に届くくらいだが、想いが込められているのか厚みがあった。


「えっ、えぇ!?」


 天束さんは、ふたりの重々しい雰囲気に何を喋ればいいのかと挙動不審に顔をあちらこちらに動かしている。たまに助けてと言わんばかりに僕を振り返ることも。

 これは友達になった証拠だろうか。なんでだろう、無意識に頬がにぃっと緩んでしまう。


「さぁ早く!みなって呼んで!」


 急かすなよ、天束さん絶対に心の準備できてないだろ。


「えっ、えっと……」


「ほら早く!」


「ふぃぇっ!?」


「早く早く!!」


 天束さんはオロオロしつつも、催促する湊と鳥羽さんの真っ直ぐな瞳にやられ、


「……み、みなちゃん……と……鳥羽……ちゃん」


 発せられた声は僕には聞こえなかったが、湊には届いたようで途端に太陽のように顔が晴れやかになる。


「ひめちゃんダイスッキッッッッッ!!!」


「わっ、ちょっ!?グェッ!!!」

 

 湊はよほど嬉しかったようで天束さんに飛びかかった。まぁ当然受け身がなんてしてなかったので、天束さんは湊の巨体を支えきれずに倒れ……ようとしたところを軽快に天束さんの背後に回り込んだ鳥羽さんに受け止められ持ち堪える。


 鳥羽さんナイスアシスト!もしもこのまま倒れてきたら僕も巻き沿いを喰らっていたところだ。危うく三人の世界に異物が混入してしまうところだったな、アブナイアブナイ。


 そんでそのまま湊が鳥羽さんのくびれまで手を伸ばし三人を抱擁。一連の流れがすでに尊いの一言だ。耳だけでなく目の保養にもなるなんて、これにはクラス中の陽キャも三人に釘づけになっていることだろう。


「よっちゃんそんなにあたしら見つめて何かあったの?」


 やべっ!?見られてた!!


 湊は抱擁中にも拘わらず、ニシシと悪戯な笑みを浮かべながら俺を揶揄う。


「ちちち違うんだ!黒板のプリント見てて!」

「それさっきも見てなかった?」

 

 なんで知ってるんだよ!てか会話に割って入っちまった。痛恨の極みだ。

 抱擁は一分もしないうちに解体された。初恋のような儚い夢でした。

 天束さんは恥ずかしがっているのか耳が真っ赤になっている。鳥羽さんは表情ひとつ変えず、何事もなかったかのように話題を刷り変える。


「プリントって今日の生物基礎のテストのことだよね?範囲どこだっけ?」


 目の前の鳥羽さんはナチュラルに僕に話しかけているようだ。目線がはっきりとこちらを向いている。黒板のプリントを見ればその答えが載っているのだが。


 てか本格的に三人の会話に介入してしまった。アニメでは百合の間に割って入る男とかで罵詈雑言浴びさせられる立ち位置だぞ!

 と、とりあえず無難に回答して切り抜けよう。


「えっ、えっと、呼吸のところじゃないかな。解糖系とか、そこらへん」


「分かったありがとう」


 そう言うなり鳥羽さんは自分の席に戻ってしまった。秀才、鳥羽さんは前日に徹夜しなくても当日だけで余裕ってことか。王者の風格だな。


……解散しちまったじゃねぇか!!!


「み、みなちゃんは勉強してきたの?」


「バッチシ!」


「え、偉いね」


 モデル業があるから勉強なんていらないとかほざいてたくせにプライドのかけらもないヤツだな。


「実は次赤点とったら結構デンジャラスなの。留年嫌だからさすがにしてきた」


「そ、そ、そうなん、だ……!」


「どしたの?」


「いや、えっと」


「やっば、こんなことしてないでみなも勉強しなきゃ!じゃあ、また!」


「あっ、う、うんまた」


 湊も行っちゃったな。それにしても本当に勉強していたんだな偉いぞ。

 ここで余談だが、最前列の湊の机はカースト上位の男女グループが占拠している。あれを追い払えるのかは実に実物だ。


「あっ、磯部さーん、イメチェンしたんだーどう?」


「ちかちゃんボブめっちゃカワイイ!なに?何かあったの!?」


「コイツカレシできたみたいでさー」


「ちょっ、いうなし!」


 うん知ってた。

 

 さて、僕も勉強するか。そう教科書を机脇のリュックサックから取り出しつつ天束さんを一瞥すると、彼女はひとり寂しく机に顔を埋めている。体調悪いのか?


「あ、天束さんは勉強しないの?」


「……やらかした、昨日夜遅くまで小説読んでた。授業中寝てるから何ひとつ頭に入ってない」


 確かにいつも寝てるね。先生が当てないのをいいことに爆睡してるね。なるほどな、ノー勉同志sの湊が珍しく勉強してきたことにひとり疎外感を感じていたのか。


「天束さんって成績大丈夫そ?」

「……」


 天束さんは顔を埋めたまま答えるそぶりはない。なんだ?寝ているふりでもしてんのか?なんとなく事情は察した。ここは釣り餌をひっかけてみよう。


「実は僕も勉強してないんだ。生物の点数も良いわけじゃないし、次のテストやばいな、赤点かも」


 それを言った瞬間、天束さんの後頭部がピクっと上下する。


「大丈夫じゃない。理系ほとんど赤点。てか現代文以外死亡」


 陰キャは陰キャ同士の同胞がいるとココロオドルんだ……


 それにしても本当なのか?あの天草さんが勉強苦手なんて。まあ考えてみりゃあり得ない話じゃないか。授業中ずっと寝てるわけだし。


「で、でも今日のテストほとんど暗記だしちょっと勉強すればいけるはず……」


「やる気が」


 そんなこと言ってるから毎回赤点なのでは!?


「あっごめん。つい本音が」


「だ、大丈夫だよ!そんなにムズくないだろうし!天束さんならイケるって!」


「う、鵜方くん」


「ん?」


「陰キャのくせに勉強もできないあたしって、どう思う?」


 相変わらず机に顔を埋めつつも、左目だけを僕に覗かせてそう訊ねてくる。そのまじまじとしたマリンブルーの瞳は、僕をハワイの美しい砂浜に一瞬で転移させ、体の熱が急激に上昇していった。


 だ、だめだ……見ているだけで本音が……漏れる……


「か、かわいいと思l……」

「……っ!!!!!」

「あっ」


 僕が欲望丸出し爆弾発言をしてしまったせいで、天束さんはまた顔を隠してしまった。何やってんだよ僕の馬鹿!


「い、いや僕も同じだし!決めつけることはできないよ!!!」


「べ、勉強できないこと……ふたりには、言わ、ないで、ほしい」


 顔を埋めたまま、抑えられた声音で告げる天束さん。


「も、もちろんだよ!」


「あと、頑張って、みる」


 天束さんはスパッと起き上がると、横に掛けられたリュックサックから教科書を取り出して熟読し始めた。小説好きな天束さんなら教科書の暗記なんて余裕だろ。

 と思ってたけど、ものの五分で寝てしまった。そんなに勉強嫌いなのか。


 と、一時間目のチャイムが。


 たしか生物基礎だよな。天束さん、どんまい。


 

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