第10話 ミッション1:学校一ノ美少女ト友達ニナレ 《達成度60%》

「それって、退部ってこと、ですか?」


 部長が冷然と言い放った一言を、天束さんは唖然とした様子で要約する。

 磯部さんと鳥羽さんは気まずそうにもじもじしている。


「ごめん。あたしたち、気が動転して何もかも部長に話しちゃって……」


「まさか、部長がこんなに怒ると思わなかった」


 部長は続けた。


「俺にお前をやめさせる権限はないが、こればっかりはルールを破ったからな。あれほど単独行動はするなと忠告したにも関わらずにだ。一時は我々のグループが散策を打ち切り、捜索活動にまで発展した。メンバーには多大な迷惑をかけた。そんな無責任な奴を我が部に居座らせるわけにはいかない」

 

「そ、そんな!ひめちゃんは創作活動の一環で!!」


「問答無用!お前らも本来はこちら側で糾弾すべき立場だろ!」


 ふたりは必死に弁解するも、部長はまったく聞く耳を持たない。


 いやに堅物な部長だな。そういえばこの人、昔風紀委員の委員長に就任して中宮高校の校則を一段と厳格にした男だったか。


 遅刻厳禁、月に二回は持ち物検査、スカートの丈が一センチでも短い者は誰彼構わず生徒指導室行き。おまけに一分でも遅刻した生徒にはクラスメイトでも容赦なく怒号を浴びせるといった、あまりにも昭和の学校を彷彿とさせる施策を次々に実行した。ついには就任一か月で独裁だと生徒から苦情が来て、多様性を重んじる校風とは相反するとのことでスピード更迭されてしまった哀れな男だ。


 まぁそんなこんなで部長が変わった人だしな、ルールに反した天束さんを断罪しても不思議ではない。


「ひめちゃんが辞めるならみなもやめます!」


「わたしも同意見です」


 そんな部長にも臆せず、湊と鳥羽さんは胸を張って言い返した。


「なにっ!?ちょ、それは困る!」


 これにはさすがの部長も慌てふためいている。この人のこんな姿初めて見たな、よほど部員の数が逼迫しているのだろうか。決起集会の際に集まった部員もギリ部活動を保てる人数だったしな。ふたりが抜けたら同好会に降格してしまうわけだ。


「てゆーかひめちゃんをさんざんダシにして勧誘活動してたくせに、何の躊躇いなしに退部させるなんてどうかと思います!」


「私も珍しく湊と同意見です」


「まっ、待ってくれ、それは弁解させてほしいんだが」


「弁解って……嫌がってるひめちゃんに痛い気な格好させて思春期男子が飛びついてきそうな文言を詰め込んだスピーチさせたのは誰ですか?それを横目に流し道行く生徒を客引きしてたのは誰ですか?」


 は?


「全うな勧誘行為を客引きと表現しないでくれないか?あと痛い気な格好させたのは俺じゃない、副部長だ」


「言い訳はいりませんよ!観念して退部を取り消してください!!」


 変な格好?メイドか?メイドなんだな?くそっ、一度でも視界に収めておきたかった!一生分の目の保養になっていたはずなのに……


 おっと、邪な考えが過ってしまったが、今はそんな気の緩んだ妄想をしていい場面ではない。


「あっ、あの。今まで、その、ありがとうございました」


 反論する二人を差し置いて、天束さんは部長に深く頭を下げる。


「部長!!!」


「ひめ!!!」


「お、おう。退部届は後日渡してくれ」


「まっ、待ってよ理不尽だって!」


「そうだよ、辞める必要なんてないよ」


「あたしは大丈夫ですから。二人は部長を支えてあげてください」


「でも……!」


「ひめは悪くないでしょ。悪いのは単独行動を提案した私だし」


「だ、だとしても、そ、それに乗じ、て鵜方くんと行動しなかったあたしが悪い、と思う。部長は怒って当然、だから」


 天束さんはそれっきり一言も喋らなかった。湊も鳥羽さんも天束さんに何も言い返せず、黙り込んでしまう。


 部長は話は終わりだと立ち去ったことでこの場は解散になった。人数も減ってしまったので湊と鳥羽さんは別の班に合流するらしい。天束さんはこれっきりで終了ということだ。


 部長があの人だといえ理不尽すぎないか?僕はちょっとばかしムカムカしてきた。


「ひめちゃん……ごめんね」


「私も……謝っても状況は変わらないけど……」


「わかってたことだよ。二人は何も悪くない」


「ひめちゃん!」


「っ!」


 湊は急に天束さんの手を握ると、にこやかに告げた。


「部活辞めてもずっと友達だよ」


「私も!」


「うん、ありがと」


 天束さんは晴れやかな顔をしていた。二人に責任を感じさせたくないのだろう。

 でも天束さんの内心は荒んでいるはずだ。それは僕が一番理解できる。 


 決して交わらない者同士が唯一繋がる機会を与えられる部活動。

 だけど天束さんひとりが辞めてしまえば、鳥羽さんと湊と一緒にいる時間が激減してしまう。しばらくは二人が気を使って天束さんと繋がりを保ち続けてくれるだろうが、部活の中で新しい出会いがあれば、やがて天束さんは用済みに、


 ……っと、悲観的な妄想をしてしまうのが僕らの性だ。


「合流する班はもう近くに来てるんでしょ?早くいかないと部長に怒られるよ」


「……ひめも鵜方くんもまた来週」


「よっちゃんも今日はありがとね」


「おう」


 湊と鳥羽さんは重苦しい顔立ちで部長の後を追っていった。

 二人も悲惨だな。天束さんを悲しませたくないという本心と天束さんの決断を尊重したいという思いやりの葛藤があったからこそ強く言い返せなかったのだろう。


 ここに残ったのは天束さんと僕の二人だけだ。


「これで『負け確』まっしぐらだなぁ……」


 天束さんがふと呟く。僕のことを気に留める暇もないようだ。

 天束さんのことだ。部活に入るのにも相当な勇気を振り絞ったのだと思う。そんな勇気の果てに得た友人を失ってしまう辛さは、友達のいない僕にも理解できる。


「あっ、ごめ、なんでもない……」


「う、うん」


 しかしだ。


 漫画の話で打ち解けたのはあるけど、改めてふたりぼっちになると気まずぅ…… 


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