第2話 隣の席の天束さんはいつもキョドッている(2)
「……っ」
なんだか隣から視線(圧)を感じる。
磯部さんたちと談笑していたはずの天束さんが、しきりに僕を凝視している。気まずいので僕も彼女を一瞥すると、天束さんはぷいっと目線を逸らしてしまった。
そのあどけない仕草が最高に可愛いので脳が沸騰してしまうんだが、それ以上に気まずいので僕も早急にスマホに目を戻した。
そうすると、またもや僕をガン見してくる天束さん。客観的に見れば完全に不審者である。
彼女はこうやって僕を見る→視線が合う→目を逸らすという謎ムーブを不定期に披露してくる。全くもって真意を掴めない。
ラブコメよろしく陰キャな僕をおちょくっている気もするが、その場合は僕にとってはご褒美でしかないので目を瞑ろう。
けどさすがにこれを何回も繰り広げられると真意は探りたくなる。いつもはひとときの気まずさを味わって勝手に終息するのだが、今日という今日は話しかけよう。決して天束さんと交友関係を持ちたいと邪な感情があるわけではない。
「えっ、えーと」
僕がさりげなく声をかけると、天束さんは顔を真っ赤にして机に蹲ってしまった。
真意は読み取れないが、ひとつだけ解ったことがある。ずっと隣を共にして早二か月。これくらい月日が経つと、隣の席の少女の性格も目に見えてくる頃合いだ。
進級時、僕の隣はクラス中の生徒(中にはクラス外の見物客も)で埋め尽くされ、うるさくて休み時間は自分の席にも戻れなかった。
しかし今では、天束さんの周りを囲むのは磯部さんと鳥羽さんの二人だけ。それも天束さんは二人の会話に愛想笑いしたり頷いたり、たまにさっきみたいに話しかけられるとぎこちなく無難な返事をするだけ。
「あ、あの……」
再び声をかけると、天束さんは額に大量の汗を流しつつ、ぎっと迫るような顔をして僕を見る。
ペアワークしていても大体はこんな感じだ。天束さんはずっとテンパってなかなか口を割ろうとしないので、僕から口を開くことがほとんど。
ここで彼女のこれまでの行動をひとつ紹介しよう。
急に話しかけたりしたら、美少女らしからぬ奇声を上げて椅子の上で挙動不審に暴れまくる。
一回だけ椅子から転げ落ちて保健室送りにしてしまった時があるが、その時は罪悪感がキャパ超えて一週間学校を休んだ。
挙動不審な彼女の行動。その理由は明確だ。いや、同じような性格をした僕だからこそ断言できる。
──天束さんは極度の人見知りであり、僕と同じ陰キャだ。
こんな美少女が……と疑いたくもなるが、長く接している僕だから間違いない。だからこそ「天使」なのだ。
この万人が恋焦がれそうな見た目で、中身は万人にすら口を開けないコミュ障。このギャップ萌えは、生まれてこの方、色恋の「い」の字も触れてこなかった僕の心の臓物をいとも容易く射止めた。
「そういえば、文学研の次のグループセッション、内容決めた?」
湊が二人に話しかけたことで本日の謎ムーブは終了した。結局話しかけられなかったわ。この二ヶ月間、なんとか友達になれないかと色々模索はしているが、お互いがどちらが話し出すかの読みあいバトルをしているせいで進展がない。何かいい方法はないものか。
まぁいいや、次の機会を待とう。僕はスマホの漫画アプリを開いて自分の世界に没入する。
「たしか神様探し、だっけ」
「あ、あったね!そんなこと」
「てかもう二日後じゃね!?決めなきゃアカンよ!」
「うるさい分かってる」
天束さん、湊、詩月さんの三人はともに「文学研究同好会」という部活に所属してる、らしい。
「神様探しと称して中宮市内の神秘的なスポットを巡り、そのときそのとき想ったことを徒然なるままにエッセイとして纏める。部長も粋なこと考えるよね」
「中宮のスイーツ巡り希望でーす!」
「わたしの話聞いてた?」
湊は常に脳内空っぽなので、会話に齟齬が生じるのは昔からだ。
「とりあえず、あたしが神秘っぽい場所ネットで幾つか拾っとくよ」
「ひめちゃんやるぅ!」
「でも、神秘的なスポットって具体的にどういうとこかな。パワースポット?それか心霊スポット?」
「心スポ?いいねー心スポ!」
「し、心スポね……調べとくよ」
湊に振り回されるお二人も気の毒に。
「ちょっと待って。神秘的なスポットって、ちょっと表現が大雑把で曖昧すぎじゃない?」
「確かに」
「確かにぃ〜」
「それがこのテーマの味噌なんだと思う。神秘的な場所、なんて個人個人によって解釈は違うし、部長はそれをわたしたちに委ねてんだよ。いかにユーモアのあるスポットを探し出せるかってね」
詩月さんは相変わらず冴えているね。なんであんな派手髪なのか未だに理解できない。
「だとすると、パワースポットは単純すぎるかな」
「そうだね」
「とゆーことはさぁ!やっぱ心スポでしょ!?行こーよ心スポ、学校中で話題になってた山奥の教会でも」
「そこ行ってどうするの?動画でも撮るの?」
「いいねそれー!トゥックトック上げようよ三人で!」
「「えっ」」
湊、いくら脳内空っぽでもなんて提案をしたんだけしからん!!!
SNSに動画を投稿する。すなわち天束さんが中宮高にいることを全世界に知らしめるということだ。
そんなことすればただでさえ中途半端に高い中宮高の倍率が限界突破し、日本の人口約半分が中宮市に移住することになるだろう。東京一極集中を食いとめるためにも、決してそんな馬鹿な真似をしてはならない。
「し、心スポ動画なんて溢れかえってると思うよ」
「わたしは遠慮しとく。撮影NG。それに、部長から安全には十分考慮しろ。独断専行で行動するなってキツく釘を刺されてるでしょ?」
「えーつまんないなー。部長が心配性なだけだしー」
二人とも良い顔をしてないので、この提案は没になったようだ。
ちなみに部活云々情報は盗み聞きした訳ではなく、勝手に耳に入ってくるのだ。だってこの三人、毎日僕の隣の席で談笑してるんだもん。
そのせいで今もこうやって自分の世界に没入しきれずに、意識がそっちへ持ってかれてしまう。こんなきゃぴきゃぴした会話、耳の穴を塞いで漫画アプリを凝視してても意識外に追い出すのは無理ゲーだと思う。
と始業のチャイムと同時に、教室の外から一時間目の先生が入ってきた。三人は解散。僕と天束さんは同じ空間に引き戻された。
「じゃ、またね!」
「バイバイ」
「う、うん。またっ」
ようやく僕の周りが静かになった。それから十分後、僕のスマホがピロンと振動した。机の下に隠しながら開いてみると、チャットアプリの新着通知だった。
友達のいない僕は、家族と数年前に向こうから勝手に登録してきた湊くらいしかメッセージは来ないはずなのだが。家族はメッセージなんてありえないし、これはもうひとりしかいない。
『久しぶり、よっちゃん!』
やっぱり、メッセージは湊からだった。「よっちゃん」呼びまだ健在かよ。勝手に追加はされたがメッセージを送り合ったことなんて一度もない。何気に湊との個チャなんて初めて起動するな。
てか授業中だぞ。さりげなく教室の前の方にいる湊を一瞥すると、不自然すぎるほど机の下を凝視している。返信待ちって感じだ。このまま返信しなければ先生に捕捉され職員室行だろう。
机の下に向き直るついでに隣の天束さんを見ると、天束さんは爆睡中。天束さんはグループワークやよく当てられる授業以外は寝ていることが多い。見かけによらず、中身は年頃の女の子のようだ。こっちに向いた寝顔は眩しすぎるほど普通じゃないが。
やべっ、見ているだけで体がぞくぞくしてくる……これ以上は天束さん相手に欲情してしまうので前向こっ。
おっと湊に返信するの忘れてた。このままでは先生に見つかってしまうので早めに返信をしなくちゃな。
『今週の土曜日、暇?』
湊からのメッセージはそんな内容だった。いきなりすぎて一瞬脳死したけど完全に僕をどこかに誘ってるよね。
湊から僕を遊びに誘うなんて小学校以来の珍事だが、向うは何考えてるのだろうか。もともとの脳内空っぽさも相まって全く湊の思惑を読みとれない。
てか土曜日って二日後じゃん。二日後って文学研究会でイベント的なのあるんじゃなかった?
即座に既読付けるのも変な感じなので数分間置いたのち。
『予定はないよ!』
い、一応こう返信しとくか。
『土曜日にね、文学研のみんなで中宮市を散歩するイベント的なのがあるんだけど、一緒に来て欲し』
文章はそこで途切れている。見ると湊はものの見事に先生に捕まっていた。没収される寸前にメッセージ送ったんだな、頼むから僕を巻き込まないでくれよ。
一緒に来て欲しい?何ってんだコイツは。
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