第1話 隣の席の天束さんはいつもキョドッている 

「中宮高三大美少女」


 文字列を見てわかる通り、我らが中宮高校に在籍する生徒の中で、絶対的な美貌を持つ三人を表す造語だ。


 それぞれの名は、


 二年二組の南條黒子なんじょうくろこ


 三年一組の宇和島美夏うわじまみか


 そして、二年四組の天束姫佳あまつかひめか


 考案者の癖は良し、その着眼点は的確かつみんなが納得するような選出だったので、多くの男子生徒に認知された。


 いつからかその三名は校内で神格化され、彼女らの顔面を拝みに学校中の男子が休み時間などを利用して三名のクラスに殺到した。


 その際は扉付近が男子生徒らに埋め尽くされたために、クラスの出入りができないと一時期は校内問題にまで発展したのは懐かしい思い出だ。


 しかし、その動きはとある事実の発覚により、数日も満たずに終わりを迎えることとなる。現在は事情を知らない生徒が、わずかに顔を覗かせる程度である。


 同時期に女子生徒の間で「中宮高三大美男子」も勃興の動きを見せたが、それは何故か定着しなかった。




 ……って、何を朝っぱらから古臭いネットミームのようなワードをひとり脳内で説明しているのか。

 

 僕の名前は鵜方うがた頼人よりひと。クラスでも隅っこに居るような存在で、所謂“陰キャ”と呼ばれる人間だ。


 朝起きたら幼馴染と待ち合わせもなくひとり。学校でも授業で強制的にペアを組まされた時以外は基本ひとり。放課後は部活も入ってないのでひとり。毎日がそれの繰り返し。


 別に口下手ってわけじゃないけど、友達と呼べる人間もいない。だって自分の見栄えのために無理に友達作っても、楽しくなけりゃ意味ないんだから。


 僕は根暗で卑屈で、常にネガティブ思考な人間だ。そんな人間が体裁のために友達作りに励んでもうまくいくわけがない。昔からの経験がそれを物語っている。

 僕と末永く付き合える人間なんて、それこそ同じ“陰キャ”しかいない。かと言って他の陰キャに話しかけようという気もないので、今日も僕はひとりぼっちだ。


「ひめちゃんおはよー」


「磯部さんおはよぅ」


「もぅ!入学してもう二ヶ月なんだから、いい加減みなのことあだ名で呼んでよー」


「あっはは、考えとくね」


 僕のクラスは二年四組。教室に入っても友達0なので、おはようと言ってくれる人もいない。教室の後ろをのこのこと歩き、青春真っ盛りの声が飛び交う隣の席を通り抜ける。


「あっ、おはー」


 ……いたわ。素通り中にのほほんとした声で挨拶してきたのは、クラスの陽キャ磯部湊いそべみなと


 なんで挨拶されたのかと言うと、クラス中に知られたら大変驚かれるだろうが、この陽キャ女子とは幼稚園からの幼馴染だからだ。


 焦げ茶色のハーフアップに太陽のような眩しさを放った、ターコイズの瞳が特徴の少女。

 性格も太陽のように明るくモデルをやってるほど容姿も整っているので、クラスでも人気はある。


 これだけ聞けばこんなやつに声をかけられる人間が陰キャとは?っとヤジが飛んでくるだろうが、断っておくと湊は別に友達ではない。


 こうやって時たま学校来た時に向うから挨拶されるので返す、それだけだ。

 と、窓際の最後列、学校内で唯一の癒しの場、僕の席が見えてくる。


 鞄を降ろして席に腰掛けると、僕はいつものようにスマホを取り出してとぅいったーの世界に浸る。


 どれどれ?トレンドエース関連ばっかだな。昨日アニメやってたし。そろそろ新刊の発売日か……


 けれど、集中なんてできない。僕はワイヤレスイヤホンを耳に装着しつつ、隣を一瞥する。


 僕のお隣で談笑する三人は、僕とは世界が切り取られているようにキラキラしていて、直視すれば目が焦げてしまいそうだ。 


「ねぇねぇ、昨日の数学の宿題やった?」 


「やったけど見せないよ」


「えーけちー」

 

 宿題のプリントを湊に見せつつ、文字が読めないようにプリントを激しく振るのは鳥羽詩月とばしづきさん。

 多様性を重んじるこの学校では決して珍しくないが、薄ピンク色の派手なロングヘアがひときわ目立つ。

 だがしかし、性格は相反して真面目で成績優秀。そのギャップがクラスの一部の男子にウケているようで、こちらも根強い人気がある。 


「だって分かんないんだもーん。みな数学と言うか数字は苦手なの」


「同じようなこと言って昨日の英語の宿題も白紙だったよね。なんなら一昨日の日本史も」


「あーあーみなには聞こえませーん。なぜならーみなにはー勉強なんてー必要ないからー」


「いつまでもモデルで食っていけると思うなよ」


「辛辣だなーもー」


「あははっ」


 この二人は毎朝こうやって僕の隣の席で愚痴を言い合ったり口げんかしたり、正直見てるだけで絵になるのだが、それ以上にこのグループには目を引く存在がいる。クラスはおろか、学校中が彼女を一目見て『天使』と称すほどの存在が。 


「そうだひめちゃん!この前マネージャーが新しい読モ探しててね!ひめちゃんのこと紹介したら今すぐにでも連れて来てくれって言ってたよ?どう?」


「ちょっとそう言うのは間に合ってるていうか……」


「間に合ってる?」


「ちょっとみな!ひめのご両親は超大物俳優とトップモデルだってこと忘れたの?気軽に見ず知らずの事務所に誘っていい人物ひとではないよ。てかなに勝手にうちのひめを紹介してんの」



 隣の席の天束姫佳さん。担任の独断で席替え禁止令が敷かれたこのクラスで、二ヵ月間も左右隣を共にする彼女。父は有名俳優、母はイギリス人のトップモデルである正真正銘の美少女だ。


「りょ、両親がそうなだけであって、あ、あたしはそんな……」


 日本人離れの整いすぎた顔立ち。宝石のようなマリンブルーの瞳。肩下まで伸ばした黒髪は遠目から見ても絹のようにサラサラで、近くを通ったときには鼻腔をくすぐるいい香りに包まれる。

 そう彼女は、さっき説明した「中宮高三大美少女」というランキングにも堂々とランクインしている。


 彼女は僕の隣の席なのを疑問に思うほど眩しく、気軽に直視なんてできない。もちろん僕が話しかけることすらおこがましい。


 そのくせ授業のペアワークでは会話を余儀なくされるので、その時は心臓バクバクで死んでしまいそうだ。おまけに先生に命じられた範囲の会話以外喋ることもないのでなおも気まずい。


 当然、クラスの男子からの人気が断トツに高い彼女は、クソ陰キャの僕なんかが気軽に接していい相手ではない……と、入学当初は思っていたのだが。


 この学校中で僕だけが、彼女をで「天使」と呼べるのだと思う。

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