ファーストインプレッション
私と九くんとの出会いは、一週間前に遡る。
――あら。まだ一週間しか経ってないのね。もう長いこと二人でいるような……そんな錯覚を起こしてしまうぐらい、九くんとは相性がいい。一緒にいて楽しい。食べ物の好みも合うし。お互い、気を使わなくてもいい、みたいな。今回の事件がなければ出会わなかっただろうから、その点だけなら元夫に感謝しないとね。
「あなたが
一週間前の私は、都内某区のボウリング場にいた。九回表は、九くんの『動画配信者』としての名前。チャンネル名は『九回表から始まる【常勝】生活』……主な活動内容は、毎週土日に行われる中央競馬のメインレースの予想。他にもボートレースや競輪、オートレースといった公営ギャンブルの動画があったけれども、九くんは競馬の全レース完全的中動画でバズった。1レースから最終レースまでの全てを当てる――ギャンブルに詳しくない私でも、すごいってことはわかる。
私はネットニュースで知って、動画を見て、連絡先となっているSNSのアカウントにDMを送って、この日を迎える。
九くんは私の呼びかけを無視して、まあるく黒光りするボウリング玉をひょいと持ち上げた。ここから見ているとでんすけすいかみたい……。
「あの、私、DMした卯月です。ほら」
私はズイズイっと近付いて、SNSのプロフィール画面を九くんに見せる。ちょっと前にアニメにハマった時、オタク友だちを作りたくてアカウントを開設した。卯月は本名ではなくて、私が四月生まれだから。
進路を塞いでしまっていた私に「ちょっとどいて」と言ってどかすと、九くんは滑らかなフォームでボールを投げる。ボールはピンへ向かってまっすぐと進んで、見事に十本を倒し切った。レーンの上に吊り下げられているモニターの表示が切り替わって『ストライク』の演出が入る。
「すごい……」
やんやと『ストライク』を褒め称える演出が終わり、切り替わって元のスコアボードが表示される。そこには一回目から『ストライク』のマークが連なっていた。スコアボードの一番左、プレイヤー名にはナインとある。この人が九くんで間違いなさそう。動画の声からして若い男の子っぽかったけど、実物も――高校生に見えなくもない。今は平日の昼間だから、本当に学生さんなら学校に通っている時間だろう。
ワックスで固めてそうなチリチリの頭は金髪と茶髪の中間ぐらいの色合いで、黒地に花柄の派手めな柄シャツを着ている。下はスポーツブランドのマークの入ったジャージ。
「私もボウリング、やったことはあるんですけど……ガーターばっかりで。ここまでは上手くないです」
ボウリング場は暇を持て余した有閑マダムの井戸端会議が開催されている。この場所で、真摯にボールを投げてピンを倒しているのは九くんぐらい。目が合ったら逸らされた。私も夫との生活を続けていたら、ああなっていたんだろうか。
「ボウリング、好きなんですか?」
私が「夫の1000万を溶かしてほしい」とDMしたのは、正確には一昨日の夕方の話。翌朝に「事情を聞かせてください」と返事が来て、それから九くんがこの場所を指定してきた。都内で、電車を乗り継げば行けるし、私も早く九くんと会いたかったので「いいですよ! 楽しみにしてますね!」と即答する。
九くんからは「事情を聞かせてください」ってことだから、これから一昨日の昼間の話をしないといけないのね。気が重いわ。
「好きだけど、これからできなくなっちゃうかもなあ」
でんすけすいかが地下を通って戻ってきた。
「オレさあ、卯月サンだけじゃなく他にもやばい人たちから目ぇ付けられててさあ」
「とは?」
私もやばい人に含まれてるのね。
「小指なくなっちゃったらボウリングはできなくなっちゃうから、逃げたいなあ……」
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