第151話

『今日は焼肉よ!』


 そんな連絡が来たのは雨がしとしとと振る木曜日。

 ジャケットを着るのも暑くて億劫になってきた頃、1年ぶりの湿度に身体が馴染まない。


 時刻は14時と30分、外の湿度で髪の毛がくるくると勝手に丸まってしまう。

 帰りに肉買って帰らなきゃな、と考えながら何気なくスケジューラーを開くと、秋津は在宅のご様子。あいつサボって肉買ったな……?


『了解、買って帰るものあるか?』


『ない!強いて言うなら残業はやめて欲しいかも』


 やっぱりサボっていやがった。昨日は冷蔵庫に肉なかったはずだからな。


『まかせろ』


『じゃあ定時退勤の時間に合わせてご飯炊くからね!ほんとに!』


 どれだけ信頼がないんだ俺は。


 とは言っても、こういう時ほどややこしい案件は発生するもので。

 事務課の入口にぞろぞろと入ってきた営業課の面々の険しい顔を見て、俺はため息をついた。



 んーっと伸びをすると、椅子がぎぃぎぃ音を立てる。

 現在時刻は17時、定時ギリギリに一段落してよかった。なんだ、先方からの申し出で契約書の条項変えて欲しいって。


 それくらい自分たちでやってくれ、と思わなくもないが、彼らのおかげでご飯が食べられている身としては聞かざるを得ない。


『どう?帰れそう?』


 窓から差す西陽と共に、秋津からの通知が画面を彩る。首元にうっすらと汗、なんでまだ冷房入ってないんだよ。


『なんとか耐えた、帰れそう』


『うちの課が迷惑かけたわね』


『知ってるなら出勤してこい。どうせ調整したのお前だろ』


『それとこれとは別の話〜私の意識はもう焼肉に向いてるのよ』


 仕事と飯どっちが大事なんだ……。

 そりゃ飯か、食欲モンスターだし。もう頭の中は肉のことでいっぱいだ。

 香ばしいタレに浸した肉を米にバウンドさせて食べるんだ。うーんビールもハイボールも合うが、日本酒もいいな。


 帰宅したら米と肉があるなんてどこのおとぎ話だ。彼女と付き合う難点は、晩ご飯のメニューの決定権を握られていることだろうか。

 まぁ彼女の選択が間違ったことなんてないからデメリットになり得ないか。


 PCの右下で点滅する時刻が業務の終わりを知らせる。

 今日に限っては残業できない。最速ルートで帰らねば後で何を言われるかわからない。

 仕事を含めて基本的に穏やかな秋津も、こと食事が絡むと鬼になるからな。


 鞄に財布やらを詰め込んでいると、通りがかりの小峰さんから声をかけられる。


「珍しく早いな。どうだ?飲みに行くか?」


 これも今日じゃなければ……!


「すんません、今日は早く帰らないとなんです」


 そう言って鞄を掴むと、小峰さんに頭を下げつつも足早に閉まりかけのエレベーターへ飛び乗った。

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