第147話

「ねーちょっと来て~」


 友人の結婚式当日、リビングでコーヒーを飲んでいると秋津の声が聞こえる。

 準備するから!とさっき部屋に消えたばっかりだが。


 女性はメイクが大変だよな……。結婚式なんてちゃんとしないといけない場面でも、男性は髪の毛いじるくらいで済んでしまうのだ。


「どうしたどうした」


 着替えている可能性を考えて、部屋の外から声をかける。


「まぁまぁ入って入って!」


 ドアを開けて中に入ると、そこには数種類のドレスが拡げられていた。

 

「あ、あんたコーヒー飲んでるの?私も後で欲しいかも」


 服に匂いが移ってしまったのだろうか。


「お前の分も残してるから」


 彼女はとててっと近寄ると、俺の腕に鼻を寄せる。やめろ、お前薄着だから色々当たってんだよ。


「当ててんのよ」


「心読むのやめてもらっていい?ってかどうした」


 部屋の惨状を見て呼ばれた理由が分からないでもないが……。

 そういえばこいつ、引越しの時に持ってきた服の量が俺の数倍だった気がする。クローゼット付きの部屋を彼女に明け渡して正解だったようだ。


「どれ着るか迷ってるのよね~」


 結婚式なんて新郎新婦、というか新婦が主人公なんだから参列者、もといモブの格好なんてなんでもいい気もするが。

 そんなことを言った瞬間、部屋から追い出されて後で機嫌をとるはめになるので口を噤む。数年の付き合いで俺は学習したのだ。


 うーん、並べられたドレスを頭の中で彼女に着てもらう。正直どれも似合ってるし、秋津はしっかり自分に似合う服しか買わないからなぁ。


「これ言うのほんとに良くないって承知の上で、全部似合うと思うぞ」


「似合うのはわかってるのよ。あんたの好みを聞いてんの」


 えらい自信なことで。それはそうとして、俺の好みときたか……また難儀な話だ。


 色もパステルなものから深い原色に近いものまで。

 顎に手を当てて考えると、彼女が何かに気がついたようににやにやしている。

 こういう時、大体ろくなことにならない。


「有くん、今日ネクタイどうするの?」


「あー、無難に白で行こうかと思ってたけど」


「じゃあさじゃあさ、せっかくだから私のドレスと色合わせよ!」


 また妙なことを言い出したな。

 てかそれじゃあ白のネクタイ着けられないだろ。


 どうせ反抗しても最終的に俺が折れることになるだろうから、早々に諦めて自分のネクタイを思い浮かべる。


「淡めのブルーとかどうだろ」


 ドレスを手に取って彼女に渡す。

 こちらを見あげてうーんと思案顔の秋津。


「よし!今日はそれでいきましょ!」


 そう言うと彼女はいそいそと着替え始めた。


「俺が外出てからにしろよ」


「え~後ろのファスナー上げてよ~これ自分でやるのめんどくさいんだから」


 背中を俺に見せながらほれほれと近付いてくる。

 関係が前よりも進んだとはいえ、やはり照れてしまうのだ。


「わかったわかった、そのじりじり寄ってくるのやめてくれ」


「もう、注文が多いわね。後であんたのネクタイもしてあげるからね」


 嬉しそうに呟くと、彼女は俺に身を預けた。

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