第146話
改札を抜けてホームへと続くエスカレーターに乗る。終電の2.3本前は空いてるのに、最終列車は比較的人が多い現象に誰か名前を付けてくれ。
「この辺って飲み屋そんなにないよな?」
周りの人を見て口にする。
「みーんな私たちの同類よ……こんな時間まで」
それで合点がいく。
見たところ酔っている人はほとんどいないのだ。ビジネス街の辛いところだな。
終電でひとり帰る時はスマホを見るくらいしかしないが、秋津が一緒だと周りを気にする余裕も生まれてくる。
余裕というか、元気の前借りな気もするが……。
「もうちょっと近いところに引っ越せば良かったかしら」
綺麗な顔のラインに沿った髪の毛を人差し指でくるくる弄びながら、彼女はそう呟く。
「まだ仕事する気かよ……お前も意外と労働ジャンキーだよな」
やれやれと肩を竦めていると、脇腹をつつかれる。やめろ、もう反応するほど元気ないんだから。
「そのムカつく顔やめなさいな、もし会社から近かったらさ……」
滑り込んだ電車に彼女は口をつむぐ。
ドアがホームに佇む人々を飲み込んでいく。例に漏れず、俺たちも同じ歩幅で吸い込まれていく。
やがて鉄の箱は静かに俺たちの街へと進んで行った。
「それでさっきなんて言おうとしたんだ?」
ガタンゴトン、とまるで真っ黒な紙にハサミを入れるように、電車は疲れた夜を切り裂いていく。
窓から見える家々の窓はもう暗い。
「んーとね、」
彼女は思い出すように指をおとがいに添わせる。
「通勤時間が短かったら2人でゆっくりする時間も増えるじゃん?」
軽々しくこういうことは言えないなぁ、なんて思いながら窓の外に目を走らせる。
よくもまぁ恥ずかしげもなく。
「あんた口角上がってるわよ」
「うるせぇほっとけ」
駅をいくつか通過する。
会社を出た時より半歩距離が近いのは、電車が揺れたからに違いない。
「そういえばさ、今度行く結婚式の御祝儀とか2人でまとめちゃう?」
受付の方に連名の御祝儀袋を渡すシーンを想像する。受け取った人はそのまま名簿に目を走らせて……おかしいだろ。
「夫婦でもない人間が連名にしたら変だろ、名簿も離れてるだろうし」
「えーわかりやすいじゃん~」
彼女の言いたいこともわかる、わかってるんだが。
形に残るものって難しいよな。俺は口下手だし、何かに想いを乗せないと伝わらないのに。
今更なんだが、2人で暮らしていて秋津の目を盗んでサプライズで何かを買うことなんてできるんだろうか。職場も同じだし、なんなら在席状況ですら把握されている。
隣が静かになったかと思えば、こくこくと彼女の頭が船を漕いでいる。
俺たちの最寄り駅まであと数分。
さしあたって、秋津が倒れないように彼氏として最低限の仕事をしますか。
目を閉じていれば俺も少しは大胆になれるのに、なんてどうしようもないことを考えながら、俺は彼女の腰を引き寄せた。
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