第143話

「パスタばっかりだとあれだからさ」


 彼女がキッチンの棚をごそごそと漁っている。そういえば買い出し行った時に色んなものをカゴに入れていたなぁ。


 あいつ、こと食欲となると本当に際限ないから何が出てくるのか怖い。


「じゃーん!」


 自慢げに差し出されたのはバゲット。大きすぎだろ、これ2人でも食べるのに時間かかるやつじゃねぇか。


「炭水化物に炭水化物かよ」


「食べる時は徹底的にしなきゃね〜」


「どこにそんなルールがあるんだよ」


 秋津のその生き方が少し羨ましくもある。俺はどうしてもリスクを嫌って安牌を取ってしまう。

 思えばいつだって彼女は全力で生きていた、それはこの会社に入って再び出会った時も同じで。


「そんな辛気臭い顔しないの、バゲット嫌い?」


 眉をしゅんっと垂らした彼女を見て反省する。


「いーや、すまん。昔のお前を思い出してた」


「相変わらず可愛かったでしょ?」


 全力で生きてるからこそ、こんな言葉にも説得力がある。ちょっと自信持ちすぎな気がしないでもないが。

 とはいえ昔から可愛いのは事実なわけで。


「はいはいかわいいかわいい」


「こら!真剣に答えなさーい!」


 その言葉を残して彼女はキッチンの奥に消えた。こうやっていつも気分を上向きに変えてくれる彼女には感謝しなければ。


 鼻歌が聞こえてきたかと思うと、いい匂いが漂ってくる。

 どうやらパスタソースを温め直しているみたいだ。


「バゲット切るけどどれくらい食べる?」


「俺は1枚で頼む」


「はーい私は2枚食べよっかなぁ」


 あの細い身体のどこに食べたものが収納されてるんだ。


 彼女はゴリゴリとバゲットを切ると、パスタソースを乗せてオーブントースターへと放り込んだ。


 数分後、澄んだ音に続いてガッチャンと扉を開ける音。

 テーブルに運ばれてきたのは小さなピザだった。


「うわ、美味しそう」


「1枚だけって言ったことを後悔しなさい」


 ご丁寧にとろけるチーズまでかけて、見た目は完全に本物だ。ミニチュアサイズなのもかわいい。

 ふわもちな生地のピザもいいが、こういう固めのパンで作ったなんちゃってピザも新鮮だな。


 ひとくち食べると、先ほどまでのパスタとはまた一風変わった味わい。やはりチーズがいい仕事をしている。ガツンとくるはずなのに、まだまだ食べられる気すらする。


 秋津の方を見ると、既に1つ食べ終わっていた。


「早すぎだろ」


「なんで美味しいものってこんなにすぐ無くなっちゃうのかしら……」


 しょんもりしながらも手は2つ目へと伸びている。


 しっかり味わって満腹、洗い物というすぐ近くに迫る地獄から目を背けつつもテーブルに手を置いて一息。


「ねぇねぇ」


 満足そうな顔をした秋津が話しかけてくる。なんだ、と思って目を合わせると彼女はグラスに口を付ける。


「これ!」


 机の下から出てきたのは綺麗にラッピングされた細長い箱。

 あれ、今日なんかの記念日だったか……?

 一瞬冷や汗が流れる。


「前にさ、ピアス貰ったお返し。開けて開けて!」


 言われるがまま、丁寧に包装を解いていく。

 やがて現れたのは深い紺色のネクタイだった。ところどころに茶色や赤で小さな楓の葉があしらわれている。


 まるで秋の山々を見渡すかのような。


「これから私が結ぶんだから、1つくらいお気に入りのもって」


 はにかんで囁いた彼女は、1人で見るには勿体ないような、それでいて独占したいような、なんとも魅力的な笑顔をこちらに向けていた。






◎◎◎

こんにちは、七転です。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。最近の暑さは常識外れですね……人間の暮らせる温度じゃない。

それとは一転、建物の中は涼しいので体調を崩されないようご自愛くださいませ。


ひいひい言いながら作品を更新しているわけですが、それもこれも全部黄金樹燃やすのに忙しいからなんですよね(n回目)……来るぞ、DLC……!私はマリケスが大好きです。


どこかで1週間くらい予定を作らずにばーっと作品書き溜めたいですね。ほぼ不可能ですが。

KADOKAWAさんも大変みたいで、やっぱりこういうプラットフォームがあることの大切さに気付かされますね。


細く長く続けていきたいも思っておりますので、みなさまどうぞよろしくお願いいたします。

ではまた!

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