第141話

「ん〜〜!!!いいわね!」


 ぐぐっと腕を伸ばして気持ちよさそうな秋津。

 俺たちがいるのは大きな家具量販店。普段入るお店や会社、もちろん家よりも高い天井にテンションが上がる。


 同棲の引越しも終わってすぐ、2人で共有する家具は新しいものを買うことになった。


「でっかいソファ買おうぜ!」


「あんたテンション高いわね……私と2人でご飯食べてる時もそれくらいテンション上げなさいよ」


「無茶かよ」


 思わず真顔で答えると、ゲシッと膝裏に蹴りが入る。


「関節を狙うな関節を。しかもヒールで」


「逆向きに曲げないだけ感謝しなさい」


 発言がモンスターのそれじゃねぇか、こわ。


 家よりも彼女の頭が近い、これくらいの身長の秋津も新鮮でいいな。


「どしたの、見惚れた?」


 冗談っぽく聞きながら彼女はこちらへ身を寄せる。


「……まぁ遠からずってことで」


 言葉にしないと伝わらない。でも口から放つのは気恥しい。

 20代も終わりに向かっているが、こんな簡単なことができないんだよな。


「んふふ」


 秋津は上機嫌に先を行く。

 今日は平日、有給を取って買い物に来ている。


 有給取得の話を小峰さんにした瞬間、秋津のスケジューラーを確認しだした時には思わず笑ってしまった。

 別に隠してないからいいんだが、あからさますぎるんだよなぁ。


「ねぇ有くん、このソファとか良くない?」


 程よい大きさに回転式のサイドテーブルも付属している。リクライニングでベッドになる優れもの。でも、


「ちょっと小さくない?」


 2人で座るとそこまで余裕があるわけじゃない。残業で疲れて帰ってきたら広々と使いたいだろ。


「んーばかね、小さいとくっつけるからいいんじゃない」


 彼女の何の気なしにを口に出せるところ、本当に尊敬する。

 お互い耳が赤いのはご愛嬌ということで。


「大きいの買ってもくっついて座ればいいだろうが」


 ねこの尻尾に触れた時のように、彼女はびくっと身体を震わせてこちらを向く。


「え、本当に有くん?偽物じゃない?」


 俺の腕のあたりをぺたぺたと触って、そのまま自分の方に引き寄せる。

 あっさり捕まった俺の腕は彼女の定位置に。


「うーん、この感触は本物ね」


 どこで判別してるんだ……。


 結局ソファは大きいものを買うことに。

 他にも何か買うかと見て回るが、めぼしいものは見つからない。


 小物を数点、2人でゆったり育てようと小さな鉢に入った観葉植物を買い物カゴに入れる。


「こういう買い物すると引越しするんだなぁって」


 カートに乗ったカゴを眺めながら秋津がつぶやく。


「まだ前の家の鍵も持ってるから不思議な感じがするけどな」


「あの家にも結構住んでたからちょっと寂しいわね」


 新卒で働き出してからずっとだもんな。何気なく暮らしていたが、振り返ってみればあの家にも思い出が沢山ある。


 とはいえ、よくよく考えてみれば半分同棲しているようなものだったから、場所が変わるだけで今の生活とそこまで変わらないんだよな。


 微かに彼女のお腹からくぅ〜、とかわいい音が鳴る。


 今日のご飯は何にしようか。


 食欲モンスターに毒されているのか、新しいキッチンにわくわくしているのか、俺は帰り道にスーパーで何を買うかの算段をつけ始めた。

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