第139話

 家に帰るといつもの自動照明が俺を迎えてくれる。奥の方には人の気配。

 ……この音、秋津のやつが侵入してるな?


 最近はもう当たり前のように部屋でごろごろしているもんだから、何も思わなくなってしまった。

 まぁもうすぐ一緒に住むわけだし、悪いことではないんだろうが。


「ただいま」


 リビングに続くドアを開けて声をかける。


「おかえり〜有くん!」


 とてとてと近づいてきた彼女は、迷わず手を伸ばしてくる。


「自分でやるって」


「いいから任せなさいよ、ネクタイ解くのは私の特権なんだから」


 彼女は手際よく俺の首元でくるくると回していく。どちらかというと朝結ぶ方が面倒だから、そっちを手伝って欲しいが……まぁ口が裂けても言わないけど。


「んー、流石にもうニンニクの匂いはしないわね」


 顔をこちらに寄せてくる。


「あの後念入りに歯磨きしたからな」


「なんでよ〜〜いいじゃない1日くらい口臭くても」


 なんてこと言うんだ。営業課は広いし換気してるかもしれないが、事務部屋は牢獄だからな。


「いいわけあるか。事務部屋から追い出されるわ」


「……確かにあの空間で何時間も一緒にいる人が臭かったら嫌かも」


 無事解かれたネクタイと、いつの間にか脱がされていたジャケットを持って秋津はクローゼットへと消えていく。

 そういえばエプロンしてたが、何か作ってくれてるのか。


「秋津〜晩ご飯どうする?」


「今日は私作るから有くんはお風呂入ってて〜」


「おう、ありがとな」


 思わず手を頭に置くと、そのまま彼女の手で包み込まれる。

 おい、セルフなでなでするな。何歳なんだお前。


「んじゃ、私は有くん成分を補給したから!」


 そのままぴゅーっとキッチンへと戻る秋津。


 どうやら晩ご飯一式準備してくれるらしい。一人暮らし始めた時からは考えられない。

 全部用意してもらうわけだし、風呂の掃除と皿洗いは俺担当だな。


 どうせ2人とも入るんだ、今日は湯船にお湯張るか。


 明日の持ち物の準備をしていると、お風呂の沸いた音。

 バスタオルと着替えのスウェットを持って風呂場に向かう。


 暑くなってきたとはいえ、温いシャワーじゃ満足できない。

 風呂に入りながらかいた汗すら、そのまま熱いお湯で流すのが気持ちいい。

 身体を丸ごと洗濯機に入れて洗ってくれたら楽なんだが……誰か発明してくれ。

 

 無事風呂から生還し、ドライヤーの温風を浴びる。髪も伸びてきたしそろそろ切らなきゃな。


 キッチンから出汁のいい香りがふわっと漂ってくる。お、晩ご飯は和食か。

 昼はガッツリめの中華だったから、優しい味のご飯はありがたい。


「風呂いただいたわ〜ご飯ありがとな」


 テーブルには色とりどりに盛り付けられたお皿が並んでいる。


「午後休でテンション上がっていっぱい作っちゃったんだけど、」


「食べる食べる、お腹空いてる」


 通りがかりにコップを2つ手に取ってテーブルへ。今日は隣に座る気分らしい。

 箸の向きが同じなことに少し喜びを感じてしまう俺も、相当絆されてるんだろうな。


 2人して手を合わせる。


「「いただきます」」


 明るく照らされた部屋に2人分の声が響いた。

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