第138話
最初に口にしたのはもちろん麻婆豆腐。
黒く、てらてらとした表面に白い豆腐が映える。元は鮮やかだったであろうネギも、今やその辛さの海に飲み込まれている。
家で作る赤い麻婆豆腐ももちろん美味しいが、やっぱり町中華の黒くて辛い麻婆豆腐も捨て難い。
舌に触れた瞬間、口の中を針で刺したような刺激が襲う。そしてすぐに美味しさの暴力で包まれるのだ。
辛さを中和しようと豆腐を噛むも、逆に辛さが引き立っていく。
しっとりとした味噌や生姜、ニンニクにコーティングされたひき肉を噛むと、どうしようもなく米が欲しくなる。
「あんた、人様に見せられない顔してるわよ」
隣のモンスターが何か言っているが、俺の瞬間最大風速優先事項はチャーハンだ。
麻婆豆腐を掬っていたのと同じレンゲで黄金色の山を崩して口へ運ぶ。
ガツンとくる辛さの後に、コショウでしっかり味付けされた米たちが口の中を踊り狂う。
顔や首筋、背中から汗が吹き出していく。麻婆豆腐にはパラパラのチャーハンがよく合うのだ。
「これやべぇな。まじでビール欲しい」
俺たちの間に置かれたビールを恨めしげに見つめる。
「だめ〜〜社畜は昼からも働いてください!」
そう言うと彼女は、うっすら汗をかいたジョッキを傾けて1/3ほど一気に喉に流し込む。
羨ましいが過ぎる。
「これよこれ!契約とった後のビール、最高すぎる」
言ってることがおっさんなんだよなぁ。
「餃子も食べよ餃子も」
秋津はパリッと音を立てて皮を丁寧に切り取り、ふっくらとした餃子を酢醤油につけて口へと運ぶ。
もぐもぐ咀嚼すると、感想を言う前にビールジョッキへと手を伸ばす。
「この瞬間のために生きてるわ」
満足げにうんうんと頷くも、右手で握ったお箸は次の餃子へと向かっていた。
「今日ばっかりはお前と立場変わりてぇよ」
「え、私は嫌よ。そんな働きたくないし〜」
次々と彼女の口に消えていく餃子たち、気が付けば残りも2つ。
腕時計をチラッと盗み見するともうそろそろ戻る時間。
「ねぇねぇ有くん」
「ん?」
「そろそろ戻るじゃん?餃子1つくらいならあげるけど」
あの食欲モンスターが俺に……!?
「何か言い辛いことでもあるのか?」
「失礼ね!数少ない食べ物を分け合うのは愛の形でしょうが!」
カウンターの下できゅっと足をつねられる。
やめろ、こいつ容赦ねぇな。
「でも仕事あるしなぁ……こんなニンニクマシマシの、」
そこまで言ったところで餃子が目の前に現れる。
「ほら、あーん」
差し出されるがまま、思わず口を開けてしまう。
「最初から素直にそうしとけばいいのよ」
溢れ出た旨みの肉汁に溺れながら彼女の満足そうな顔を見る。
「ちょっとくらい口からニンニクの匂いしてた方が、悪い虫も寄り付かないでしょ」
謎理論を展開しながらも、彼女は最後の餃子をビールで喉に流し込むのだった。
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