第137話

「いらっしゃい、有くん」


 腕を組んで鼻高々な食欲モンスターがそこにいた。


「すまん、ちょっと遅くなったか」


 昼休みのビジネス街は人がごった返しているのだ。だいたいみんな似たような時間に昼休みとるし。


「あ、ネクタイは私が緩めるのに〜!」


 細い指が首元に伸びてくるが、パシッと掴んで元の位置に戻す。

 そのまま手を繋ごうとする秋津と俺の攻防は、僅差で俺の勝ち。


「こんな人の往来が激しい場所でやられてたまるか」


 ぶーぶー言いながらも俺たちはスタスタと歩いていく。こいつは今から午後休かもしれないが、一般社畜こと俺には休憩時間のリミットがあるのだ。


「それにしてもなんで突然中華?」


「商談中に、この前動画で見た餃子焼くシーン思い出してそれで」


 餃子を思い浮かべているであろう彼女は手を組んでうっとりしている。


 こいつ仕事中も頭の中お花畑……というか食欲で埋め尽くされてるのか。もうこいつに契約させられる相手方の企業がかわいそうになってきた。


「ほら着いたわよ、ここ」


 赤い暖簾のかかった引き戸は年季を感じさせる。カラカラカラと見た目に反して軽い音を響かせて、俺たちは中に入った。


「いらっしゃい!」


 全席カウンターの手狭な店内は、家族連れというより個人をメインターゲットにしていることが分かる。

 まばらに並んだ人の後ろを抜けて一番奥の席に。


「さて、何にしようか」


 おしぼりで手を拭いてメニューを取る。見やすいよう秋津の方にも広げるが、チッチッと舌打ちしながら彼女は指を振る。

 うぜぇ、指振るな。


「私はもう決まってるのよ!餃子と炒飯にね!」


 こいつ、商談中の想像で注文するメニューまで仕上げて来やがった。


「じゃあ俺が他の頼んでも欲しいとか言うなよ?」


「言うわけないじゃない。そんなはしたない」


 どの口が……!今までぶんどられてきた俺のご飯たちが泣いてるぞ。

 メニューを斜め読みして喉を鳴らす。チャーハン、確かに捨てがたい。

 餃子は……昼からも仕事だしなぁ。事務課にニンニクテロをする訳にもいくまい。


「有く〜んお昼休み終わっちゃうよ〜〜このまま私と午後休とってお家帰るの?」


「ちょっと待てって、悩んでんだよ。あと仕事終わらなくなるから午後休はなし!」


 食欲モンスターはむーんっと口を尖らせながらカウンター席で揺れている。

 暑くなってきたし逆に辛いものでも食べたいな。


「すいませーん!」


 厨房で鍋を振る店主に声をかけて注文を聞いてもらう。


「チャーハン1つと餃子1つ、あと……生ビール1つ!」


 そうだ、こいつは飲めるんだった。


「あとチャーハン1つ追加と麻婆豆腐で」


 忙しなく、そして芸術的に振られる鍋とレードルを眺めていると、横からご機嫌なお腹の音が。


 無言で秋津の方に目をやると、にっこりした笑顔が返ってくる。

 こんなシチュエーションでも綺麗な顔に見とれてしまうのだから俺も末期か。


「お待たせしました〜!」


 運ばれてきた料理の匂いに甘い感情は霧散する。

 今俺たちに必要なのはこってりした中華だ。


 水を一口、俺たちは手を合わせた。


「「いただきます!」」



◎◎◎

お久しぶりです、七転です。

春も終わってすぐに夏の気配がしますね。

GW皆さまいかがお過ごしでしょうか。私はありがたいことに今年は暦通り、3連休の後に4連休です。


最近は前から読んでいた作品が書籍化したり(爆速で買った)嬉しい報告をみてにっこりしています。

毎日更新を続けておられる作家さんには尊敬の念が絶えません。


さて、新年度も始まって1ヶ月が経過しましたがいかがでしょうか。

私は残業の星に生まれてしまったようで、部署異動しても転職しても定時退勤は難しいようです。もう身体も心も慣れてしまったけど。


皆さまが今月も乗り切れるようお祈りしています。

ではまた!

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