第136話
水曜の午前、平日週5勤務の社畜にとってはひとつの山場。
ここをすんなり乗り越えられるかどうかで、残りの半分に対する心持ちが変わってくるというもの。
『今日お昼食べに行きましょう、どうせ事務部屋の椅子から動いてないんでしょ?』
傍若無人なチャットが俺のPCに飛び込んできた。
『一言余計だろうが』
『そんなことないも〜ん!私の言葉はいつだってありがたく受け取りなさいよ』
こいつあれだな、多分今日の契約取れたからテンション高いな……。ということはタダ飯にありつけるのでは?
『よし御託はいい、飯行こう』
『私は今日中華な気分なんだけど。この後そのまま帰るしニンニクも可!』
ふむ。チャーハン、餃子、エビチリ……。テーブルの上に所狭しと並ぶ珠玉のメニューたち。
想像するだけで胃がきゅるきゅると音を立てる。
……とまてよ、こいつこのまま帰るって言ったか?
PCでスケジューラーを開いて共有している彼女の予定を確認すると、確かに「契約取れたため帰ります!」と書いてある。
なんて横暴な。
だがしかしこれが許されているのが営業課、コンプライアンスを守って結果さえ出せば、あとは自由なのだ。
それに比べて事務課のスケジュールはと言えば、18時以降にも真っ赤に塗りつぶされている。
今年は新人か異動で人が増えると思ったが希望は粉々に砕け散った。
営業課には新人が増えるのに事務課には人が来ない謎を探りに、町中華にくりだすか。
「飯行ってきますわ」
絶対に肩こるだろって姿勢でキーボードをバチボコに叩いている小峰さんに声をかける。後輩ズに夜の会議資料をチャットで送ることも忘れない。
「うい、パスタと予想」
顔を上げすに検討違いの答えを投げてくる。
「いや、違います」
話は終わりとばかりに彼は手を振ると、再び書類と格闘を始めた。
スマホを見ると集合場所が送られてきている、どうせいつもの駅だろうに。
チリっと太陽が首を照らす。
そろそろジャケットを着るのもしんどくなってきたな。
革靴がアスファルトを叩いてテンポを作る。
口は既に中華を欲している。暑くなってきたこんな日にはビールでも飲めりゃ最高なんだがな。
うわ、今からでも帰りてぇ。
街路樹の青々とした葉が、徐々に濃くなる湿度が、季節の移り変わりを匂わせる。
駅に近づくと涼しげな格好をした女性が目に入る。
壁にもたれて腕を組みながらスマホを見る彼女は、傍から見ればモデルみたいだ。
秋津はこちらに気がついたのか、整った唇を吊り上げて近づいてくる。
遠くからでもわかるドヤ顔に、思わず俺も笑ってしまう。
それにしても暑い。
首元のネクタイを片手で少し緩める。
俺は食欲モンスターの祝杯に付き合うべく、足元で刻むリズムのペースを上げた。
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