第135話 花見で一杯④

「ね、鹿見さん」


 遠くからタッパーを抱えて春海さんが近付いてくる。そういえばあれ以来、ゆっくり話すのは初めてじゃないだろうか。


 秋津とは逆の位置にすとん、と腰を下ろすと彼女はタッパーを開けた。


「私も作ってきたんですよ、よかったら食べていただけませんか?」


 手元を見るとたまご焼きがつやつやと輝いていた。

 唐揚げやハンバーグなど、鈴谷君セレクトを摘んでいたからか、ちょうど優しい味が欲しくなってきたところだ。


「濃い味のものばっかりだったから正直めちゃめちゃ嬉しい」


「良かったです!」


 春海さんは細かく切り分けられたたまご焼きを爪楊枝で取り上げると、俺の口へと差し出した。


 ふわっと優しい風が吹いて木々が揺れる。

 たわんだ枝から桜の花びらがこぼれ落ちていく。


 昔感じた、世界の音が消えるような感覚。

 ゆっくりと彼女と目を合わすのもこれまた久しぶりだ。


 少し潤んで桜色を反射した瞳に吸い込まれそうになる。


 時間にしてはほんの数瞬、口を開けてたまご焼きを食べようとしたところで、俺の視界を何かが横切った。


「ん〜美味しいわね…今度作ろうかしら」


 目の前には爪楊枝の先。

 幾層にも重なったたまごの塊は、食欲モンスターによって奪われたのである。


「ぜひ。作りましょうね、秋津さん」


 後輩に絡みに行くなよ、もう大人なんだから……。

 不穏な空気を感じ取った俺は、爪楊枝に刺さったたまご焼きを1つ口に放り込むと、そそくさと小峰さんの隣に避難した。


 お、甘い。

 うちは甘くない派だったから新鮮だな。


 うーん、今度色々試してみるか。

 ばちばちと目を交差している女性2人を横目に見ながら新しい缶を取り出す。


「お前今あそこにいないでどうすんだよ」


「いや〜無理ですって……もうあとはなるようにしかならないんで……」


 メンズで缶を合わせる。

 カチン、と乾いた音が耳を通り抜けた。


 くらっと頭が揺れる。外で飲むとどうにも酔いが回る。本当は家のベランダで酒でも飲めたら最高なんだが……。うちは狭いんだよなぁ。


 桜もじき終わり、またあのじっとりした夏が来てしまうんだろう。


 気がつけばいがみ合っていた春海さんと秋津も笑いながらお酒を飲んでいる。

 ……この会を開いてくれたのが相澤さんか小峰さんかわからないが、感謝しなきゃな。


 楽しい飲み会はいつもすぐに終わってしまう、まるで春の夜の夢のごとしなんて言うけれど。


 しんみりしているとお開きの準備、俺はシートから立ち上がってごみをまとめるべく袋を手にした。

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