第134話 花見で一杯③
side:春海うらら
鈴を転がしたような声に意識を持っていかれる。
普段は清楚系のコーデなのに、今日は動きやすさを優先したのかスキニーパンツとニット、髪はバレッタでまとめられていて真っ白な首が見える。
やっぱり綺麗だなぁ。
事の始まりは小峰先輩と相澤課長から来た社内チャットのメッセージ。
『お花見しようと思ってるんだけど、どう?』
お花見に行くのは大歓迎だけど……。
優しい顔の課長が「今後のために1回見とく?」って。それが何を指すのかは言うまでもなく。
時間をかけて自分を納得させても仕方がない、鹿見さんだって言ってたし。仕事で詰まったら現状の確認は早いうちにしとけって。
鈴谷君と一緒にお酒やおつまみを並べていく。私たちを覆う大きな桜の木に負けず劣らず、シートには色とりどりの缶。
私の隣には相澤さんと小峰さんが座ってくれた。
鞄の中に入った小さいタッパーは心の内に、課長の一言で花見が始まった。
桜も真っ盛り、西陽が花びらに反射する。
もうじき暗くなるはずなのに、なぜか世界が鮮やかに見える。
考えなくてもわかる。自分の好きな人がそこにいるというだけで、たとえその意識がこちらに向いていなかったとしても声を聞くだけで、どうにも私の世界は色を帯びてしまうんだ。
目の前の2人を見て気がついたことがある。
どこまでいっても相手を不快にしないよう、最後の一線は守っているのだ。
大人ってすごいな、そんな無意識にお互いを尊敬し合えるなんて嫉妬してしまう。
ビールの缶を開ける。
カシュッという音に気がついたのか課長がこちらを向いた。
「あれ、春海さん、ビール飲むんだっけ?」
「最近飲み始めたんですよ、誰かさんのせいで」
口元をゆるめて相澤さんを見る。
合点がいったとばかりに課長もノンアルの缶を開けている。
ほんと、プライベートまで気にかけていただいてありがたい話だ。この部署に配属されたのは間違ってなかった。
「ま、私からは特に何も言えないけど」
缶から離れた唇が光る。一日で一番短い時間、頭上が紫に染まる。
視界に舞う桜と徐々に深さを増していく空がまるでおとぎ話みたいで。
「若いってのは特権よねぇ」
課長はそう言うと私の鞄に視線を向けた。
この人はなんでもお見通しだ。
「ちゃんと慰めてくださいね」
返事は聞かずに鞄からタッパーを取り出すと、爪楊枝とビール缶を携えて私は先輩の元へと向かった。
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