第131話
「え、まじ?」
時は深夜、会社のエレベーター。耳敏く神田さんの言葉を拾った小峰さんはさすが先輩、あの場ではこともなげにコーヒーを奢ってくれた。何も言わず。
しかし神田さんと別れてエレベーターに入った途端これだ。
「もう少し隠しておくつもりだったんですけどね」
「先輩に報告しろよそういう大事なことはよぉ」
疲れてるんだろう、絡み方が雑だ。
「この話、やめにしません……?」
こんな時間に散々じゃないか。
「ま、別にいいんだが。だからあんなに秋津さんには厳しかったのか」
「高校時代から変わってないですよ何も」
「ということはクリスマスもバレンタインもあれもこれも……?」
黙秘権を行使する。こういう時だけエレベーターの進みがゆっくりな気がする。
空調が発するサーっという音だけが空間を支配する。
「黙秘は肯定とみなす、鹿見、有罪」
「情状酌量をどうか〜〜」
こうやってふざけられるのも小峰さんだからというのはあるんだが。
長かった上昇も終わり、鉄の箱が開く。
事務部屋のフロアには当然俺たちしかいない。
「それで、春海さんはどうしたんだよ」
コーヒーのプルタブを開けた小峰さんが今答えにくい質問トップを堂々と吐き出す。
もう全部ぶちまけた方が早いか?
この人まじで他人の地雷原でタップダンスしてるよな……それでよく課長にもどやされてるし。
これで美人の奥様がいるってんだから世の中分からないものだ。
「んー、まぁ、想像通りです。というか気付いてたんですね」
「気付かないわけないだろ。なんだか課長も気にしてたしな」
そういや1年前くらいの飲み会終わり、タクシーで彼女を家まで送ったんだっけ。なつかしい、随分前な気がするな。
社会人の1年はこうやって短くなっていくのか。
「ご想像通りですよ、俺にはもったいない」
「お、久しぶりに聞いたな、鹿見が俺っていうの」
「もう深夜なんで許してください」
それぞれの席に着くと、キーボードを叩く音以外は聞こえなくなった。
あーあ、早く帰りてぇな。
1時間と少し後、どちらともなく手を止める。
「なぁ鹿見、」
「どうしました?」
「よかったな、おめでとう」
それだけ言うと小峰さんは仕事の海へと再び沈んでいった。
ほんと、こういう人だから憎めないんだよな。
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