第130話
現在時刻は26時。そう、深夜2時ではなく26時。つまり俺は退勤した他の人たちと違って、まだ昨日にいるわけだ。
何を訳のわからんことを……と思わないで欲しい。隣には小峰さん、2人で修羅場をくぐっているところだ。
新年度になって営業課に新人が入ったことで書類のミスも増えてきた。
これに関しては毎年のことなのでそこまで気にしないが、他の連中も前年度に目標を達成して浮かれているのか、やや仕事が雑な気がする。
これは今度「話し合い」が必要かもしれない……相澤課長の。
「おい鹿見〜これ今日中に終わるか?」
「まじで終わんないかもですね、春海さんか鈴谷君どっちかに手伝ってもらった方が良かったかもしれないです」
「まぁ〜〜でもまだ早いんじゃないか?深夜残業は」
眠気覚ましのカフェインを口にしながら小峰さんが背もたれを倒す。
そろそろ目も疲れてきたし、散歩でも行くか。
まだ残業代が出るからいいものの、これサビ残だったらブチ切れどころじゃ済まないぞ。
「小峰さん、コーヒー買いに行きましょうよ」
「俺の手元にエナドリあるの見て言ってんのか?」
「足りないでしょ、朝までやるなら」
家に帰るのを早々に諦めた俺は、先輩も地獄に引きずり込もうとする。
「帰らせてくれよ……」
「ここまで来たら一蓮托生でしょ」
「むずかしいことば、おれわかんない」
んぁーと伸びをして椅子から立ち上がる小峰さん。2人で社内に設置されている自販機までのろのろと歩いていく。
こんな時間に残ってるのは俺たちくらいだろうと高を括っていたが、どうやら人事課も電気がついているらしい。
「あいつらも大変だな、異動やらで3月も忙しかったはずなのに」
「そうですね…人事と経理もなんだかんだうちと同じくらい残ってるんじゃないですか?」
もう頭も回っていないから、適当に話しながら廊下をぶらつく。
暗く静かな廊下の突き当たり、こうこうと輝く自販機はセーブポイントみたいだ。
何種類かのメーカーが自販機を置いてくれていて、飽きることがないのはありがたい。
コーヒーにするかエナジードリンクにするか……財布を出しながら悩んでいると、ふと人影が。
「お、人事の神田さんじゃん」
小峰さんが歩くペースを少し上げて彼女に近づく。
深夜の残業だというのに、しっかりジャケットを着ているのは彼女くらいじゃないだろうか。
真っ黒なストレートのロングヘア、メガネの奥のキリッとした眼光はこんな時間でも鋭い。
彼女は俺や秋津、加古よりも少し上の先輩で小峰さんよりは下だったか……。昔営業課にいたからかよく人事と営業の窓口にされていたはず。
「あらこんばんは。小峰さんと鹿見君……いつもの残業メンバーね」
「お疲れ様です……人事も大変そうですね……」
「えぇ、最近は新入社員もたくさん入ってきてくれるから」
会社としての業績が上がればもちろん事業拡大、そして人が必要になるのだ。
仕事は大変になるが、その分給料さえ上がってくれれば問題ない。
小峰さんはそそくさとコーヒーを買っている。俺も同じコーヒーにするかと自販機に近づいたところで、神田さんから声をかけられた。
数秒後、俺は後悔することになる。小峰さんを誘わずに1人でコーヒーを買いに来ればよかったと。
「そういえば鹿見君。秋津さんから聞いたのだけど、あなたたちついに一緒に住むって本当?」
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