第129話

 目の前には書類の山、ここは職場……ではなく自分の部屋だ。

 引越しの書類ってこんなにいるのかよ。


 前々から秋津に小出ししていた同棲の話をそろそろしっかり進めようと、とりあえずこの部屋に引っ越してきた時の書類やらを整理していたら目の前に紙の山ができあがってしまった。


 ……まぁこれを機にって大事そうな書類たちを仕分けした俺も俺だが。


 ダイニングテーブルの奥では珍しく秋津が料理をしている。


「有くん、餃子は丸く焼かないと駄目派?」


「おう、せっかくだからまん丸にしようぜ」


「おけおけおっけ〜〜!!!」


 なんか機嫌いいなあいつ。

 パチパチと油の跳ねる音、ジューっという焼ける音、そして強烈に食欲をそそられる香ばしい匂いが立ち込めた。


「あつっ!」


 おそらくフライパンの端にでも当たったんだろう、頭では分かっているが身体が先に動いていた。

 キッチンに回り込んで彼女の手をとると、蛇口から水を出して当てる。


「ねね、、意外と恥ずかしいんだけど、、手持ったままだと」


「外だとくっついてくるくせに?」


「あれはまぁ虫除けというかなんというか……」


 ごにょごにょ言いながら逃げようとするが、手を俺が掴んだままだから顔を逸らすに留まる。

 数秒、水がシンクを打つ音が響く。


 顔をほんのりと赤くした彼女が肩口に顔を押し付けてくる。まるで社交界でダンスを踊るかのような姿勢に頭が冷えてくる。


 そろそろいいだろう、彼女の手を離して水を止める。

 タオルで手を拭いて料理の邪魔にならないようテーブルに帰ろうとしたところで腰に腕を回されていることに気がつく。


「どうしたよ、お望み通り手は離したぞ」


「スイッチ入っちゃったので離れません〜〜このまま甘やかしてください〜〜釣った魚に餌やらないと」


 うりうりと頭を擦ってくる。なんか前もこんなことあったな、それもキッチンで。


「嫌だ、書類たちが俺を待ってるんだ!」


 と言ってはみるものの、多分勝てないだろうな。


「そんなの後よ後」


 どうして甘えてるのにこういう時はキリッとした声出せるんだ。


 仕方なく頭をくしゃくしゃと撫でる。案外こういう時間も悪くないもんだ。

 彼女が満足するまで続けようとしていたが、ふと香ばしい匂いが鼻を通り抜ける。


 やべ、忘れてた。


「餃子焦げる…離してくれ」


「むぅ、確かに晩御飯は美味しく食べたい」


 それでもなお手を離さない食欲モンスター。

 仕方なくずりずりと腰に秋津をくっつけたままコンロの前に移動する。


 蓋を開けると煙が立つ。

 現れたのは皮に焼き目の入った、それでいてしっかり蒸されたつやつやの餃子たち。ちょうどいいな。


「よし、こっちは完璧だ。米だけ準備して食べようぜ」


「その前に!私が離れるために!おでこにキスとかどうですか!」


 こいつ勢いで喋ってるな?

 とはいえお腹の虫も待てないと言っている。ここはひとつ。


 髪をかき分けて額に唇を落とす。


「へへっ」


 満足気に手を離した彼女は、慣れた手つきで引き出しからしゃもじを取り出した。

 だってこの後口がニンニクに満たされるわけだし……今しかないもんな。

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