第128話

 会社を出ていつもの横断歩道を渡った先で立ち止まる。

 現在19時少し前、珍しく最後まで残っている鈴谷君を残して事務部屋を後にした。


 最近は彼も自分がしっかり戦力として数えられてると認識しているのか、ばりばりと仕事をこなしている。

 おかしな書類が回ってきても眉を下げるだけで文句も言わずに処理を進めるところを見ると、適正ありだな。


 柵に寄りかかっていると、横断歩道からたたっと地面を蹴る音が。


「ん、お疲れさん」


 首を捻って声をかける。

 パンツスーツに春物の薄手のコート、髪を後ろにまとめた秋津はぴょんっと最後の白線を飛んで着地する。


「ごめんね、お待たせ!お疲れ様!」


「全然、ほんとに今来たとこだ」


 会社の目の前だしあんまり近づくものでもないと思うが……そうだよな、距離詰めて来るよな。


「あーあ、出る時間同じくらいなら事務課覗いて有くん誘拐してくればよかった」


「やめてくれ、修羅場になる……いろんな意味で」


 並ぶ肩は拳ひとつ分も空いていない。

 会社の最寄り駅に向かって歩きながら晩ご飯について思案する。


「どうする?なんか買って帰るか……それとも作るか?」


「そうね〜、2人で一緒に退勤できるのも珍しいものね、どこかの残業モンスターのせいで」


 まぁこれに関しては何も言えない。

 100%俺が悪いのだ……いやまてよ、営業課がちゃんとした書類作れば残業時間も減るのでは?

 というかモンスターはお前だろ。


「ごめん、今あんたが何考えてるのか分かってしまったわ……うちの課のせいもあるよね」


「ほんとエスパーか?そのうち何も言わなくても会話が成立しそうで怖いんだが」


「嫌よそんなの。ちゃんと好きって言ってもらわないと」


 突然デレ始めるから困る。家の中ならまだしもこんな往来で。

 ふいっと顔を背けるとノーコメントを貫く。


「また照れちゃって、かわいいわね」


「そりゃどうも。んで晩ご飯どうするよ、駅着いちまう」


「おうちご飯もいいけど、今日は外食にしましょ!肉か魚かで言えば」


「魚だろうなぁ」


 最近の食生活を思い出してそう呟く。

 秋津が何を考えているかはわからなくても、どんなものを食べたいのかくらいは予想できるのだ。


「あ!正解!」


「高いものじゃなくていいなら寿司とか行くか?回るやつ」


「ん〜〜、完璧!家から会社までの駅にできたらしいし!」


 美味しいものが好きな彼女だが、別にお高い料理が好きという訳ではないのだ。助かった。

 自分の給料だと限界がある。


「この前水族館もいったもんね〜〜」


 寿司食べるって言った時に思い出すのが水族館なところ、元気に泳ぎ回る魚たちを捕食者の目で見ていたのか……?

 いよいよ本当にモンスターじゃねぇか。


 お腹が空いているのか会社を出た時より早いステップに合わせて足を前に出す。

 ほんの少しだけ前を行く彼女は「まぐろ〜サーモン〜」と既に何を食べるか考えている。


 口角が上がるのを止めることもせず、駅に向かって俺たちはアスファルトの上で靴を鳴らした。

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