第126話 海月揺れるは秋の波

「よしじゃあ行くか。それちゃんと持って帰れよ?俺の部屋のソファに置いていかれる未来しか見えない」


「わかってるって!」


 展示ブースから外に出ると元の喧騒が帰ってくる。不自然に静かな空間から出ると、なんだか安心してしまうな。


 売店に入りお土産を物色する。


「あ、そうだ。お互それぞれお互いに何か選びましょうよ」


 また訳の分からんことを……。プレゼント選びって難しいんだよな。


「じゃあよーいドン!!」


 返事も待たずにショップの奥に消えて行く秋津。

 ぼーっとしていても始まらないからと近くの棚から物色していく。


 前回来た時はいつだったか。

 確かあれは数年前、まだ新卒の時だったか……天下の秋津ひよりがまだ敏腕営業ウーマンじゃなかった時の頃だ。


 毎日仕事でぼろぼろになった彼女に同じマンションのよしみだからとご飯を与えて部屋を掃除して……って今とあまり変わらんな。


 そんな彼女が久しぶりに契約を取ってきた時のご褒美が水族館だったっけ。


 当時は子どもっぽいと思ったが、全面水槽に覆われた空間を楽しそうに動き回る彼女は、まるで社会のストレスから開放されて文字通り水を得た魚のようだった。


 これから先、彼女が自分の近くからいなくなってしまうという寂寥感から合鍵を渡してしまったのだ。

 それがこのザマ……いや、まぁ後悔はしていないけれども。


 生活が変わるタイミングでここに来るというならば今回も。


 そう考えると、他の商品に目移りすることなくジャラジャラと吊り下げられたキーホルダーを手に取ってレジへと向かった。


 売店を出ると、既にお魚大好きモンスターはベンチに座っていた。大きな袋からはアザラシのぬいぐるみが顔を覗かせている。


「またでかいの買ったなぁ」


「連れて帰るなら1番大きいのって決めてたから!」


 すくっと立ち上がると秋津はいつものように俺の隣に。

 水族館の出口へと向かって2人で歩いていく。


「あ、それじゃあ私が選んだのはこれ!」


 紙でできた小さな袋を渡される。

 持った瞬間確信する、やらかした。


「おい秋津、」


「ん〜〜〜?」


 つくづく頭の中が同じで驚くばかりだ。


「俺からはこれ、先開けてみてくれよ」


 同じく小さな袋を手渡す。

 カサカサと音を鳴らしながら彼女の手に現れたのは、いつかのとは少しだけデザインの違うクラゲのキーホルダーだった。


「えへへ〜半分くらいはこれかなぁって思ってた」


 どうやら予想されていたらしい。

 俺も袋を開けると、やっぱり手には同じデザインのキーホルダーが。


「それにしても、よく私の鍵についてるキーホルダーが取れちゃってたの気付いたわね」


 外に出ると眩しい陽射しが俺たちを照らす。

 さっきまで暗い場所に長時間いたから、余計に明るく感じてしまう。


「あれ、そうなのか。知らなかった」


「そうなの?じゃあこれは……?」


 水族館の影がちらちらと揺れている。


「せっかくおそろいなんだ、新しい鍵に付けようぜ」

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