第125話 海に月まばら⑥
俺たちは今、売店の前にいた。髪からは冷たい水が滴っている。
イルカショーで散々はしゃいだ挙句、トレーナーのお兄さんからは「そこの元気なご夫婦の方〜」と声をかけられて写真をぱしゃり、その後盛大に水を浴びたってわけだ。
何から何まで恥ずかしくて顔から火が出そうだった、というか出た。まぁイルカの上げる水しぶきで鎮火されたが。
幸いというか用意がいいというか、ショー直前に秋津がどこからがレインコートを取り出した時は思わず笑ってしまった。四次元ポケットかよ。
そのおかげで服が無事だから文句は言うまい。
20代も終わりに向かう中、周りのお子さまたちと同じくらいはしゃいだ俺たちは、普段の運動不足の報いを受けるかのようにベンチに腰を下ろしている。
「ねー楽しかったね、有くん」
「楽しかったのは否定しないが、お前ははしゃぎすぎだ」
「あでゃっ」
濡れた髪に手刀を下ろすと、素直に動かない秋津の髪に手が触れる。
普段より色濃く見える髪は、どこかお風呂あがりを想像させて。
売店の隣のブースには「ちいさないきもの展」、クリオネとかそうやつか。
中に入ると、外のガヤガヤとした喧騒が嘘のように静まり返っていた。
吸音のカーペットを踏みしめて小さな水槽を眺めていく。
大きな魚や群れに紛れた彼らに目がいくことはないが、こうして焦点を当てて展示されると、その姿形の細かさや美しさに心を打たれる。
神は細部にこそ宿るとはよく言ったもので、赤や黄色、深い青に彩られた魚たちは、海に落とした絵の具のようだった。
さっきまでとは違って秋津はずんずん前に進んでいく。まるで見るべきものが決まっているかのように。
「有くん、ここよここ。」
囁きながら彼女が指さしたのは、小さなクラゲがふわふわと漂う水槽だった。
不規則に揺れる彼らは癒しを与えてくれる。
くんずほぐれつ、どこを目指す訳でもなく自由に動き回る彼らに思わず見入ってしまった。
今は確かに人工のライトかもしれないが、本物の海では太陽を乱反射して他の生き物たちに光を投げかけているんだろう。
ゆらりゆらりと動くクラゲに合わせて目を動かしていると、視線を感じて顔を横に向ける。
「ん、どうした」
「いや〜前来た時もそうやってクラゲ見てたなぁと思って」
そうだったか。彼女と来たことは覚えているものの、自分が何をどんな風に見ていたかまでは記憶の彼方である。
「上の階と違ってまっすぐここに向かってたが……」
「うん、これ見に来たからね」
平日は敏腕バリキャリの彼女がなんのリサーチもなしにお出かけするわけがないのだ。
小さな水槽を見ること十数分、そろそろいい時間になった。
「ねね、最後にお土産買いましょ!おっきなぬいぐるみ連れて帰るんだから!」
鶴の一声、ならぬモンスターの咆哮で俺たちの散財タイムが確定した。
◎◎◎
こんにちは、七転です。
次回デート編ラスト、幕間を挟んでまた別のお話かなぁとか思ったり思わなかったり(予定は未定)
そういえばカクヨムコン、中間選考突破してました!コメントで教えていただいて気付きました。(ちゃんと自分の目でもあの長いスクロールを経て確認しました!)
皆様のおかげです、ありがとうございます。
もちろん受賞してどこかの編集者様に見つけていただいて書籍化とかの話になると嬉しいでしょうが、私はそれと同じくらい、毎日誰かが「続きを読みたい」と思ってくれることも嬉しいです。本当に。
ではまた!
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