第123話 海に月まばら④

 自分の身体なんてちっぽけなものだと、押し付けられるような圧倒的質量。

 そこを優雅に泳ぐ大小様々な生き物たち。


 俺たちより後ろに来た人も同じように圧倒されているのか足を止めている。


「ね、綺麗ね」


 耳にかけられた髪が揺れていた。


 顔の横に垂れたカーテンの奥に、白い肌が見え隠れする。


 水槽から漏れ出た光は、まるで遊んでいるかのように室内をゆらゆらと飛び回る。

 こんな光景をこれから何回も見せられるのか、勝てないだろこんなの。


 あぁ本当に、


「綺麗だな」


 ふいと目をそらす。

 魚たちと目が合うわけもなく、静かに俺は立ち尽くした。


 どちらともなく足を進める。

 最上階はこの大きな円柱型の水槽のみらしい。


 魚たちをゆっくり見られるようにか、ベンチが何脚か設置されている。

 ガラスに張り付いて指さす子ども、それを後ろから眺める夫婦、繋ぐか繋がないか微妙な位置に手をさまよわせるカップル。


 春にしては冷たい感触が俺の手を襲う。さっき逸らした目線を戻すも、目が合うことはない。


「私あんたといる時、喋ってなくても幸せみたい」


 彼女の握る力がほんの少しだけ強くなった。

 熱が奪われていくのを感じる。多分幸せってこういうことなんだろう。


 いいことも悪いことを分け合って、温度すら均される。


 指まで絡めた繋ぎ方なんてほとんどしたこと無いはずが、どこかしっくりときてしまうのだ。


 半分ほど水槽を回ったところで秋津がスマホを取り出した。


「ほら繋いだままにしててよ」


「言われなくても」


 水槽に映った俺たちが彼女のスマホに収められていく。

 ガラスに反射する半透明の影は、それでもしっかりと形を成していた。


 写真を撮るのに必死でむむっとした顔の秋津を見て思わず頬が緩む。

 普段こんなことしないからだろうな。


 というかその顔で映っていいのかよ。


「そういや俺たちあんまりお互いの写真とか撮ってこなかったな」


「今までデートなんて行かなかったもんね〜どこかの誰かさんが出不精だから」


「そりゃ付き合ってなかったからな」


 繋いでいない方の手で器用に俺の脇腹をつついてくる。


「やめろやめろ、こそばい」


「やめな〜い!ほれほれ!」


 さっき漂っていた静かで心地よい雰囲気も、今やいつものおどけた雰囲気に変わっていく。

 家のソファでくつろいでいるかのような、この感覚も好きなんだよな。周りが静かだから声は抑えめだが。


 スロープを下っていくと巨大な円柱の他にもぽつぽつと水槽が現れ始めた。

 

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