第122話 海に月まばら③
水族館に来るのはいつぶりだろうか。
まぁ悩む間もなく答えはでているんだが…前回来たのは新卒1年目の時、まだ秋津ができる営業ウーマンになる前のことだ。
入口横の受付に向かう階段を2人で上っていく。組まれた腕は解かないまま、段差に気をつけないと転んでしまいそうだ。
「私イルカショー見たい!1番前で!」
「あれ濡れそうで怖いんだよな」
「でも濡れてもいい格好って言ったじゃない」
どう見てもおしゃれしてきてるお前が言うのかよ。多分レインコートとか売ってるよな。
受付でチケットを買いつつもショーの時間を確認する。
どうだろう、半分くらい見たらショーの会場に移動した方がいいだろうか。渡されたパンフレットに載っている案内図を見ながら思案する。
いや、先に小さな生き物コーナーを回ってからメインの水槽を通って会場に行くのが1番最適か?
まるでゲームのダンジョンの中を最速で宝箱を回収するかの如く、頭でルートを組み立てていく。
不意に手が頬を撫でる。
「冷たっ!」
「あんたまたどうやって回ったら効率いいかとか考えてるでしょ、前来た時もそうだったし」
呆れ顔の彼女がため息をついている。幸せが逃げるぞ。お前は逃がさんが。
それにしても頭の中を当てられるのは癪だな。
「だって全部見たいじゃん」
「そんな拗ねた顔しないの。見れなかったところは次来たときでいいのよ、これから時間は沢山あるんだから」
中に入ると周囲のざわめきが消える。
床が絨毯張りだからだろうか、この静寂は嫌いじゃない。
なんだか声を上げるのも憚られて2人して口を閉じる。
やがて長い長いエスカレーターが姿を見せた。
パンフレットを見る限り3.4階分くらいだろうか、ここからだと上の降り場が見えない。
大きな構造物を見るとテンション上がってしまうんだよなぁ…でっかいクレーンとか高層マンションとか……。
これが男の性、と言おうとしたところで隣の彼女が目を輝かせていることに気がつく。
「おっきいね〜〜!こういうの見るとワクワクしちゃう」
同類がここに1人。思わず「わかる」という気持ちを込めて目を合わせると、彼女はこてんと首を傾げた。
足を進めてエスカレーターに乗り込む。段差は空けず、彼女は前に。
階が上がるにつれて光量は落ちていき、最終的には上映前の映画館くらいまで薄暗くなった。
最上階から順路を辿って降りてくるんだろうな。
数分はエスカレーターに乗っていただろうか、遂に降り場が見えてくる。
「おぉ……!」
とんっと軽やかなステップで地面を蹴った彼女に引っ張られて、広い空間に足を踏み入れる。
淡い光がゆらゆらと地面を照らしている。
目の前に鎮座していたのは、建物の真ん中を上から下まで柱のように貫く巨大な水槽だった。
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