第121話 海に月まばら②

 エレベーターを降りた俺を待ち受けていたのは、春らしい淡い色のワンピースにカーディガンを羽織った、いつもより少し頬の紅い秋津だった。


「どう?」


 以前ならば軽くいなしていたであろう質問。


「ん、かわいい。春っぽいのもいいな」


 その場でくるっとターンして上機嫌を表す彼女。ひらりと舞うロングスカート、まるで桜みたいだなんて言い過ぎ、いや失礼だろうか。


「んふふ、そういうことも言えるようになったのね、成長成長!」


 俺の腕をとるとそのままエントランスを抜ける。 

 左側で小さく鼻歌を歌っている清楚な食欲モンスターは無遠慮に進んでいるようで、俺に歩幅を合わせてくれているらしい。


 右側を歩く俺からは髪をまとめて左肩に流した彼女の耳がよく見える。

 そういえばいつもと違うと思っていたら。


「メイク変えた?どこがとかはわからんが」


 俺の腕を離すと数歩前へ、身体を半ばこちらに向けて口角を吊り上げる。


「やるじゃない」


「まぁ彼氏だから」


 大股で彼女に近付くと、俺から腕を組む。

 進む方向は彼女に任せているが、どうやら駅に向かうらしい。


 2人とも免許持ってるし車買ってもいいんだがなぁ。通勤で使わないとどうにも乗る機会が少ない気がする。


 小さな用水路に沿って桜が等間隔に植えられている。風が吹くたびに視界がピンクに染まる。


「こういうとこでお花見したいわね〜」


 春の陽気に照らされた地面がやんわりと熱を反す。


「確かに。今度コンビニで酒買ってこの辺歩こうぜ、夜に」


「やりたいそれ!チキンも買おチキンも!」


 どんなに清楚に取り繕っても中身は食欲モンスターなんだな、いとをかし。

 なんで散歩するっつってんのに最初に出てくるのが揚げ物なんだよ。


 休日よろしく子連れの夫婦が横を通り過ぎる。


 思わず2人とも黙って彼らを見送った。


「ねぇ」


 眉尻を下げて秋津が話しかけてくる。

 予想よりも耳の近くで聞こえた声に背筋がむず痒くなる。


 いつもより耳に近い…?あぁ何だかおかしいと思ったらこいつ身長盛ってるな。

 違和感の正体はこれか。


 それはそうと俺が何を考えているか彼女がわかるように、俺だって少しは彼女の頭の中がわかるのだ。


「みなまで言うなよ、わかってるから」


 俺の返事に満足したのか、再び駅へと向かう秋津。

 結局目的地は聞きそびれたまま。


 前言撤回、いくら考えがわかるとはいえノーヒントじゃ無理だ。


 いつも使う改札を通っていつもとは逆のホームへ。


「なぁそろそろどこ行くか教えてくれよ」


「ん〜〜まぁいっか!」


 エスカレーターではいつも彼女が上側。

 今日はいつもより背が高いからか、俺よりも頭1つ分上から彼女の声が降ってくる。


「今日は水族館にいきます、あとおっきいぬいぐるみもお迎えします!」


 

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