第120話 海に月まばら①

 むくりと身体を起こすと外は白み始めていた。

 3月の某土曜日、今日は外に出かける予定がある。行先は知らされていないんだが。


 水曜日くらいにうちに来た秋津が突然「土曜空いてるわよね?11時にマンションのロビー集合!」と言い残して帰ったきりだ。

 破天荒がすぎるだろ。連絡くらいチャットでしてくれ。


 これを伝えたら「でも顔は見たいじゃん?」らしい。まったく、敵わん。


 そんなわけで朝の準備をしている訳だが、木曜と金曜でちょっとずつ情報を引き出したところ、濡れてもいい格好で来いとのこと。


 濡れてもいい…?海か?流石にまだ入れる気温じゃないよな。

 だめだ考えても答えにたどり着ける気がしない、ここは大人しく楽しみにしておこう。


「ふぁああ」


 特大のあくびが口をつく。春眠暁を覚えずとはいうが、本当にいくらでも眠れてしまいそうだ。

 眠気を纏った体に鞭を打って布団からはい出る。先週は俺も秋津も忙しかったからかあまり会う時間がなかった。


 その前の週は在宅やらでずっと一緒にいたから余計部屋が広く感じるな。


 温かいお湯で顔を洗うとやはり向かうのはキッチン。1人休日の朝ごはんを満喫するために、こんな未明に起きてると言っても過言ではない。


 冷凍ご飯を取り出すと、ラップに包まれたままのそれを電子レンジにシュート、その間に刻みネギと豆腐を沸かした鍋に投入。


 作り置きのきんぴらごぼうを小皿に盛ると生たまごを取り出した。


 味噌汁を準備しながら冷凍ご飯の面倒も見る。何回やってもちょうどいい加熱時間が分からん。


 数分後、テーブルに朝ごはんの面々が並ぶ。たまごかけご飯セットに納豆、きんぴらごぼう、味噌汁だ。

 小さく呟いて箸を動かす。会話がないまましずしずと食事は進んでいく。


 カーテンを開けた窓から差し込む陽の光に目を細めて思う。ゆっくり1人で静かに過ごすこの時間だって、人生の中には幾ばくか必要なはずだ。


 やがてどの器も空になり、キッチンへと再び運ぶ。

 食器を洗いながら今日の行き先や着ていく服に思いを馳せる。


 そういえばデートらしいデートも久しぶりか。ちょっとくらいお洒落していかないと失礼だな。せめて行き先だけでも教えて欲しかったが。


 洗い終わった食器を乾燥棚に乗せると、そのまま洗面台へ。

 最近は無茶な残業もしていないからか肌に張りがある。願わくばこのまま新年度も定時で帰りたいもんだ。

 …とまぁモノローグかのように思考をめぐらすが、おそらく定時退勤は無理だろうなぁ。


 一旦はやるべきことを終えてソファに身を沈める。こんな時間がある時こそ、これからのことをゆっくり考えるべきだよなぁ。


 スマホを取り出してブックマークしておいた物件情報を漁る。

 引越しするならもう少し先か、新年度ってどこもかしこもお値段高めだし。


 ソファという柔らかい雲に乗った俺の身体は寝る体勢と勘違いしたのか、それとも朝ごはんを食べたからか、次第に思考がぼやけていく。

 最後の抵抗としてスマホのアラームを10時にセットすると、俺は意識を手放した。



◎◎◎

こんにちは、七転です。

後書きで挨拶するのもお久しぶりですね。


デート編、これまで以上に丁寧に書いていけたらなと思います。

実際に彼らが何を見て何を考えたのか、ちょっとずつ追っていってもらえると嬉しいです。

お話自体はまーーだまだ続けていきます、ゆったりにはなりますが。


ちなみにですが、今まで出てきたお店は全部モデルがあります。

過去のお話が見たいと声をいただいたので、いつかこっそり書いて話の間に差し込んでいけたらいいな…。


季節の変わり目、三寒四温とは言いますが皆様体調にはどうぞお気を付けくださいませ。


大花粉症で両目が終わってる七転より。

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