第117話
14時50分、イヤホンとマイク、カメラのテストをしておく。
社内会議かつ知ってる人間しか参加しないから、別に粗相があってもどうということはないが、円滑に仕事が進まないのは本意ではない。
「あー、あー」
マイクに向かって声を出すと、ディスプレイに映ったゲージが伸びていく。
うん、大丈夫そうだな。
「有くーん、1人で何言ってんの?さみしい?」
「やめろ、部屋から出るな声を出すな」
寝室の方からひょっこり顔を出したのはご存知秋津、カレーピラフを満腹食べてご満悦の顔だ。俺の1.5倍はあの細い体に入ってるのか。
「えー、だってまだ3時じゃないし」
唇を尖らせながら顔をふりふりして彼女はそう宣う。
「もう始まるから静かにしとけって」
「はーい!」
拍子抜けするほどやけに素直に引っ込むと、キーボードを叩く音が聞こえてくる。
まぁ仕事に手を抜かないってところは信頼してるから邪魔はしてこないだろう。
15時ちょうど、いざいざ。
URLを入力して部屋に入室するとディスプレイが8分割される。
「お疲れ様です」
口々にお疲れ様です、と返事がある。声がダブって、というか少しずつずれて聞こえるのは、オンラインミーティングのご愛嬌。
色んな課から参加した面々が頭を下げており、その中にはもちろん営業課の人もいる。
「それじゃあ今日の議題なんだけど、予めチャットで送った通りよ」
法改正による来年度からの手続き変更について、まぁほとんど落とし所は決まっているけど、他の課の意見も聞いておかなければならない。
次々に確認と要望が流れていく。
粛々と議事録を残しながらも4月からの事務分担について思いを馳せる。
春海さんには自分がしていた処理の引き継ぎ、鈴谷君は小峰さんから引き継がれるだろうか。
今回議題に上がっている変更を含んだ処理については当分俺と小峰さんがメインでやることになるだろう。
手間は増えるが難しくはならないところが救いか。
話もそこそこに45分、無事会議も終わる。やはり先に議題を共有しておくと話が早い。
皆次々退出し、残るはサーバーホストの課長と俺だけになった。
他の人に倣って通話を切ろうとしたところで課長から声がかかる。
「鹿見君、ちょっと待って。来年度からの事務分担なんだけど」
まさに自分が考えていた話題で驚く。
「はい」
「新人来るかもって話してたけど、うちには無さそうよ。今経理課の手が足りてないらしくて」
「あー、契約数増えると伝票の数も一気に増えますからね…」
うちは処理や稟議を流すが、経理課はその決裁に基づいて出納を管理しているため、営業課が頑張れば頑張るほど仕事が増えていくのだ。
総会で使う資料なんかも準備しないといけないだろうし。
課長とこれからの作戦を立てていると、とたとた音が。
「あれ、鹿見君。あなた今一人暮らしよね」
「えぇ…そうですが」
嫌な予感がする。
そしてこういう予感は当たるものだ。
「有くーん!営業課の人から会議終わったって聞いたからお茶持ってきたよ〜…………あ゛!」
どこから出るんだという声を最後に秋津は固まった。
あれだけ映るなと言ったのにこいつは。
全員が沈黙した数秒後。
何事も無かったかのように俺のテーブルにお茶を置くと、画面に一礼して彼女は逃げるように寝室へと帰っていく。
「鹿見君あなた」
「課長、今は何も言わないでください……」
思わず眉間に手をやると、画面の奥では相澤課長が手を叩きながら笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます