第114話

「お、噂をすれば秋津さん」


「あら小峰さんと…ゆ、鹿見くん」


 危機管理が甘すぎる。

 今日は外回りがないのか、オフィスカジュアルといった出で立ちの彼女が乗り込んで来る。


 白いブラウスに黒いロングスカート、社員証を下げた彼女を見ていると、すぐに事務課の階に着いた。


「事務課に用事か?」


「えぇ、書類提出よ」


 別に付き合ったって何も変わらない。

 どちらかと言えば、仕事中に来るチャットは減ったくらいだ。

 理由を聞いたら「帰りも一緒だし、1週間のうち半分は一緒にご飯食べるし」とのこと。

 休日一緒に過ごすとかじゃなくてご飯が出てくるところ、さすが食欲モンスターといったところか。


 事務課の扉を抜けると、そこには修羅と化した春海さんと鈴谷君がいた。


「お〜い2人とも!ちょっと休もうぜ」


 小峰さんがプチシューを持って後輩ズに突撃、さすが先輩。

 彼らも深い息をつきながらPCから目を離す。

 わかる、根が詰まってると眉間に皺が寄るよな。顔をもにもにと揉んでいる春海さんを見て思う。


 奥の方でカタカタと作業していた相澤課長も、甘い匂いを嗅ぎ付けたのかこちらへ寄ってくる。


「あら秋津さん、いらっしゃい。営業の書類?」


「こんにちは、相澤課長。そうです、これ鹿見くんに」


「へぇ、鹿見君に…」


 課長は何か言いたげな顔でこちらを見る。やめてください、何も無いです。


「ほら受け取ったから自分の巣に帰れよ」


 秋津頼む、このまま帰ってくれ。自爆が怖すぎる。


「わぁひどい。所詮私と鹿見くんは書類だけの関係なんだ」


 両手の指をくるくると回して上目遣いでこちらを見てくる秋津。

 あざとい……が仕事中だぞ。

 

「間違ってないだろうが」


 シュークリームを開けた小峰さんが近付いてくる。まずい、この流れは。


「秋津さん、この後忙しくないなら食べてく?」


 やっぱりか…。そんなおやつの時間にこいつに何か食べるかなんて聞いたら。


「え!いいんですか!!ありがとうございます!!」


 そりゃこうなるわな。しかも事務課の俺より先に席に着いてやがる。


 ため息をつくと来客用のコップにお茶を注ぐ。


「ほらよ、食ったら帰れよ?」


 俺は彼女の斜め前に座るとお皿とコップを渡した。

 

「うむ、苦しゅうない」


 家ならチョップをかますところだがここは我慢。

 目の前にはお皿に盛られた大量のプチシュー。今日は残業だろうしこれくらいはな。


 全員席につくと、誰からともなく手を伸ばす。


 小さくて丸いそれを口に運ぶと溢れ出るクリーム。薄いサクッとした皮にとろっとした甘さの暴力が口を襲う。


 普段食べないけど、こういうパクパクいけるのもいいな。今度帰りに買って家でも食べよう。


 次を取ろうと顔を上げると、彼女と目が合う。


 家じゃなく職場だからか、にこっと俺にだけ向けられた笑顔に不覚にも心臓が跳ねるのだった。

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