第112話
「秋津ひよりにどうやら彼氏ができたらしい。」
そのニュースはまたたく間に社内を駆け巡った。その速さはジェット機を彷彿とさせるほど、普段隔離されている事務課にさえその日中に届いたほどだ。
というか本社だけじゃなく支社にまで広がっていると聞いて背筋が凍る思いだ。
情報通の営業課の人間によると、最近彼女は今まで下ろしていた髪を頻繁にまとめるようになったらしい。ファンクラブかよ、なんでそんな情報が出回ってるんだ。
さらに数分おきににっこりと笑うと来た、これはもう彼氏だろう、とのこと。
邪推もほどほどにして欲しいところだが、数分おきに笑ってるのは鹿見家では日常なんだよなぁ。
それにしても誰かがスプレッドシートか何かで髪型を毎日記録してるのか…?だとしたら絶対に見つけて跡形もなく消し去ってやる。
しかし話はそこで終わり、彼氏が誰なのか、どんな人物なのかさえわからないらしい。
勇気ある社畜が「彼氏いないんだったら俺と付き合おうよ」と言い寄ったところ、古の剣豪もびっくりな初速と切れ味で切り伏せられたとのこと、良かった良かった。
哀れな被検体A君は未だに恋愛市場に復帰できていないらしい。まぁ当然の報いだが。
「お前噂になってるらしいぞ」
里芋の煮物を箸でつつきながらビール缶を傾ける。
目の前にはラフな格好で目を散らしておつまみ達を凝視した秋津ひより、噂のその人がいた。
「勝手に言わせとけばいいのよ〜ねぇ?話題の彼氏さん」
気にしてない風でさらっと言ってのけるが耳は赤い。
こういうところはかわいいよな。
「でもバレたら死活問題だからな…」
「いや今のあんたに誰が文句言えるのよ…営業課なんて事務課に生命線握られてるんだから」
とはいえ彼らが仕事を取ってきてくれないと俺たち全員道連れなのも確かだ。
「ま、ほとぼりが冷めるまでは黙っとこうかな、相澤さんにはバレてるだろうけど」
予想とは裏腹に今でも立ち上がらんばかりに喜ぶ秋津。
「え!そうなの!?」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ」
心底疑問で一応聞いておく。どうせ訳の分からない理論で答えが帰ってくるんだろうが。
「え、だって事務課ではいちゃつきが許されてるってことで合ってるでしょ?」
やめてくれ、うちの部署を修羅場にしないでくれ……。あと20代も後半になっていちゃつきとか言うな。
「合ってるわけねぇだろ、公私を混同すな。お前の書類差し戻すぞ厳しめに。」
「無理無理、いつもあんたに見られるからちゃんと丁寧に作ってるのよ?」
悔しいことに彼女の言う通り提出される書類はいつも完璧だ。
負けを認めるのも悔しくて、ビールに口をつける回数が増える。
それを見てか満足気ににこにこしだした彼女も、同じくビールを口に流し込んだ。
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