第108話

 今日も今日とてクラゲが揺れる。

 扉を開けると自動でつく照明が俺を迎えてくれた。


 あいつは帰ったのかと足元を見るとサンダルが。家を出る前は気が付かなかったが、ほんと起きて着の身着のままで俺の部屋に来たのか。


 音がしないなと扉を開けると、ソファに丸まり猫のように寝ている秋津がいた。パジャマのまま部屋に来たのはこのためだったのか…。


 近付くと身動ぎするも起きる様子はない。


 屈んで寝ている秋津と同じ高さに顔を持ってくる。すぴすぴ言ってる彼女を見ていると、その幼さに思わず髪を撫でてしまう。


「う〜ん、もう決めらんないからメニューのここからここまで全部食べる……」


 どんなシチュエーションだったらそんなことになるんだよ。満漢全席でもやるつもりか?

 ふんぞり返ってメニュー表を差し出す秋津を想像してぷっと吹き出してしまう、流石食欲モンスター。


 しばらくソファの隣に腰掛けてスマホをいじっていると、彼女が静かに目を覚ます。


「おはよう、秋津」


「ん〜〜おはよう有くん、ごめ、ねてた」


「休日だしな、なぜ自分の部屋に帰らんのかはわからんが」


 手を伸ばして頬をむにっと挟む。

 まだ寝ぼけているのか、俺の手を掴むと自分と毛布の間にしまおうとする。


「俺の手だから返して」


「いやだ!今日はこれ抱えて一日ごろごろするんだから!」


 手を奪い合う攻防を広げていると、2人ともお腹が鳴る。

 思わずほうけた顔で見つめ合う。


「なんか食べるか、作るけど何がいい?」


「今日はオムライスの気分〜」


 隙を見せた途端毛布の中に引きずり込まれる俺の手。暖かいやら柔らかいやらでおかしくなりそうだ。


「じゃあ手離して」


「ん、あと3分ね」


 そう言うと彼女は目を閉じてむにゃむにゃと身体を丸める。

 見てください自分が部屋の主だと言わんばかりのこの落ち着きよう。


 思えば彼女がこの部屋に来るようになってから、少しずつものが増えていった気がする。

 クッションにソファで使う毛布、歯ブラシに女性用のシャンプーとコンディショナー、最近は服まで持ち込んでいるらしい。

 これならもう一緒に住んだ方が……。


 前ならばそんな馬鹿なと切り捨てていたが、それもいいかと思い始めている。俺も相当毒されてるな。

 まだ本人には言わないが。


 3分は意外と長くて短い。

 スマホをいじろうにもそんなに時間もない、諦めて彼女の寝顔を堪能することにした。


 閉じられたまぶたに寝ていたからか赤い頬、寝癖がぴょこっと出ている。

 すっと通った鼻やすぴすぴと息を漏らす唇、どうにもいたずらしたくなって、でこぴん。


「うぅ、起きるって……」


 もぞもぞと動くと彼女はようやく俺の手を離してくれる。


 俺は毛布をまだ丸まっている秋津にかけ直すと、ふわふわのオムライスを作るべくキッチンへと向かった。

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