第106話 春愁
side:春海うらら
「あー、勝てなかったかぁ」
涙は止まったものの鼻ですんすんと息を吸う。
頬に伝った涙のあとが顔の熱を奪っていく。
遠まわりの道を選んで駅へと少しずつ近付いていく。
明日、いや明後日にはこの気持ちを心の奥の大切なものを入れるところにしまって、大丈夫な顔で出勤しなくちゃ。
腕を掴まれた時のあのごつごつとした感触、いつか抱きとめられた時の温かい体温、眠そうなのに話す時はちゃんと開く目、あの低い声でさえこんなに細やかに覚えているのに。
未だにずっと先輩が好きなことを思い知らされる。
いつもより高い視点に不安定な足元。転びそうになっても助けてくれる人は今はいない。
あの時自分の気持ちを言葉にしなければ、歯がゆくも心地良いこの関係が続いていたんだろうか。
いや、そんなことはないだろう。
触れれば壊れそうな危うくて甘い関係は、私の気持ちと先輩の優しさという、いつ崩れてもおかしくない土台の上に成り立っていたのだ。
後悔がないと言えば嘘になるが、反省もしてなければ妙な納得感もある。
それでも穏やかな表情な彼に、あの凪いだ心の内に一石でも投じられたならこの私の気持ちも報われる。
単純な話、いじわるな先輩なんていつか私を手放したことを後悔すればいいんだ。
当分立ち直れそうにないや。
恋ってこんなに楽しくて苦しいものだとは思わなかった。
会社に行くのが楽しみで、2人の瞬間が愛おしくて、そして他の誰かのことを考えている姿を見て苦しくなるそんな日々が、
「楽しかったなぁ」
この桜たちが散る頃には私も忘れられるんだろうか。
それでもあの瞬間、最後に見せる表情は自分史上一番綺麗でありたくて。
その綺麗な心に爪痕をひとつ残したくて、私の気持ちを未来に連れて行って欲しくて。
ぬるい風が吹く。
まだ満開にもなっていないはずなのに桜が舞っている。
揺れた髪を指先でくるくると遊ぶ。
あーあ、せっかく編み込みできるくらいまで伸ばしてたのにな。
明日美容院を予約しててよかった。
◎◎◎
こんにちは、七転です。
後輩キャラに溺れてください(クソデカボイス)
春海さんのターン、いかがだったでしょうか。私は書いてて楽しかったです。
実は春海さんの名前、初公開です。
それでも日常は続いていくんだなぁ。
明日投稿する分を1文字も書いてないですが、まだお話は続きます。
ではまた!
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